プルメリアと偽物花婿


「嫌なら離しますよ」
「……嫌とは言ってない」

 和泉は絡めた手を持ち上げると、私の甲に小さくキスをする。そのまま目線を私の唇にずらす。
 ……これならもうキスした方が恥ずかしくないんじゃない!? そんなことを思ってしまうほどに熱っぽい目にたじろいでしまう。

「和泉」
 
 耐えきれなくなって名前を呼ぶと「はい」と甘い声が返ってくる。
 だけど、ニコニコと私を見ているだけだ。

「……キスしないの?」
「していいんですか?」

 ニコニコが、いたずらっぽい笑みに変わるのを確認して羞恥心で顔が染まる。ずるい後輩だ……!

「困ってる先輩も可愛いですけど、今日はこれくらいにしておきますか」

 和泉は可愛くないことを言って、私の唇にキスを落とした。

 軽いキスを終えると和泉はすぐに手を離してビールを持ち直すと

「ネトフリで映画でも見ます?」
「え、あ……うん」

 答えるとビールとグラスを渡された。和泉はそのままリビングのソファに向かっていく。
 
 ……あ、終わりなのか。
 
 ハワイの最後の夜のように、深く続いていくのかと思ったら。あっさりと身体は離れてしまった。
 ……いや、しまった。じゃなくて。なんでちょっと名残惜しい気持ちになっているんだ私。そうだよね、こういう軽いキスもある。身構えなくたって良かったんだ。でもキスの常識がわからないんだよ!

「先輩、どうしました?」

 ぐるぐる一人で考えていたら、ソファに座った和泉がこちらを見ている。
 その表情はまだいたずらっ子の顔を残していて、からかわれたのか。それとも私の被害妄想なのかはわからない。

「なんにもないよ。ネトフリってなにがあるの?」

 そう言って私もソファに向かおうとすると、ポケットに入れているスマホが震えた。
 
 メッセージの差出人は――お母さんだ。

『もうハワイから帰ってきた? 忙しいと思うけどお盆休みにヨシオさんと一度帰っておいでね』

 さぁと身体の温度が下がる。
 
 忙しさにかまけて連絡をしていなかったけど……当たり前に、両親には山田さんを紹介していたわけで。
 会社の人みたいに、実は結婚相手はもともと和泉でした! なんてことはできないわけで。

「なんて、説明しよう……」
 
 
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