プルメリアと偽物花婿
山田さんはすっかり私の存在を忘れていたらしい。和泉から私の名前が出ると思ってなかったのだろう、面食らった顔をしている。和泉は何やら封筒を山田さんに渡した。
「……お前はミホと凪紗さんを二股かけていたのか? ミホ、騙されるなよ。この男は――」
「二股かけていたのは貴方でしょう。僕はこちらの下谷凪紗さんの部下で、単なる僕の片思いです。田中さんは取引先の方で、プライベートな連絡先も知りませんよ。彼女のつきまといについて、田中さんの会社に相談したこともありますから確認いただいてもいいです」
「和泉くん、このひとに片思いってどういうこと?」
田中さんまで会話に参戦してなかなかカオスな状態になってきた。
「そもそも僕は婚約破棄男と凪紗先輩が話すのが心配だったから、ここで待っていただけです、まさか田中さんがいらっしゃるとは」
「私は今日ヨシくんと約束してたから。そしたらまたここで和泉くんに会えて……」
山田さんは私たちの顔を順々に見ると「どういうことですか」と私に助けを求めてくる。だけど私だって田中さんのことは全然知らない。
「とにかく。田中さんと僕はほとんど関わりはありませんし、凪紗先輩とあなたは先ほど縁も切ったので。話は以上です。慰謝料については弁護士を通じて連絡しますから」
和泉が封筒を指差すと、山田さんは封筒を青ざめた顔で見下ろした。
「田中さんもすみません。僕はあなたの気持ちには応えられません。それでは失礼します」
和泉が私の手を握ってくれる。
「山田さん、お元気で」
最後に挨拶をすると、山田さんはもう先程のような微笑みでさようならを言ってくれなかった。
「本当のところ君は浮気していたんだろう……! 慰謝料は払わないからな!」
情けなく吠える姿に、最後に残っていた一欠片分の良い思い出も消え去った。
「ではさようなら」
私は頭を下げると、山田さんに背を向けた。
さようなら。――ようやく言えた。
さようなら、結婚しようと思っていた人。
後ろから「ミホ、俺は気にしない。結婚しよう」と山田さんのプロポーズと「やめとく。もうやっぱり無理」とマイペースな田中さんの声が聞こえてくる。
和泉が握る手に力がこもる。
後ろは振り向かない、和泉と歩いていく。
「……お前はミホと凪紗さんを二股かけていたのか? ミホ、騙されるなよ。この男は――」
「二股かけていたのは貴方でしょう。僕はこちらの下谷凪紗さんの部下で、単なる僕の片思いです。田中さんは取引先の方で、プライベートな連絡先も知りませんよ。彼女のつきまといについて、田中さんの会社に相談したこともありますから確認いただいてもいいです」
「和泉くん、このひとに片思いってどういうこと?」
田中さんまで会話に参戦してなかなかカオスな状態になってきた。
「そもそも僕は婚約破棄男と凪紗先輩が話すのが心配だったから、ここで待っていただけです、まさか田中さんがいらっしゃるとは」
「私は今日ヨシくんと約束してたから。そしたらまたここで和泉くんに会えて……」
山田さんは私たちの顔を順々に見ると「どういうことですか」と私に助けを求めてくる。だけど私だって田中さんのことは全然知らない。
「とにかく。田中さんと僕はほとんど関わりはありませんし、凪紗先輩とあなたは先ほど縁も切ったので。話は以上です。慰謝料については弁護士を通じて連絡しますから」
和泉が封筒を指差すと、山田さんは封筒を青ざめた顔で見下ろした。
「田中さんもすみません。僕はあなたの気持ちには応えられません。それでは失礼します」
和泉が私の手を握ってくれる。
「山田さん、お元気で」
最後に挨拶をすると、山田さんはもう先程のような微笑みでさようならを言ってくれなかった。
「本当のところ君は浮気していたんだろう……! 慰謝料は払わないからな!」
情けなく吠える姿に、最後に残っていた一欠片分の良い思い出も消え去った。
「ではさようなら」
私は頭を下げると、山田さんに背を向けた。
さようなら。――ようやく言えた。
さようなら、結婚しようと思っていた人。
後ろから「ミホ、俺は気にしない。結婚しよう」と山田さんのプロポーズと「やめとく。もうやっぱり無理」とマイペースな田中さんの声が聞こえてくる。
和泉が握る手に力がこもる。
後ろは振り向かない、和泉と歩いていく。