プルメリアと偽物花婿
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「え? 凪紗ってバカなの?」

 金曜日。会社近く、菜帆お気に入りのワインバー。菜帆は私の報告を聞き終えて開口一番そう言った。

「慰謝料とか謝罪を請求しなかったこと?」
「山田はどうでもいいよ。いやまあお金はきっちりもらっておきなと思うけど」

 菜帆は深くため息をついてアヒージョに浸かるマッシュルーム をフォークで刺した。

「山田じゃない、和泉とのこと。凪紗、気づいてるのか気づいてないふりしてるのかわかんないけど、どう考えても和泉のこと好きでしょ」
「え」
「え、じゃないの。うだうだぐずぐず考える必要ある? それ全部無駄なので」

 水曜日からうだうだぐずぐず悩んでいたものをばっさりと切り捨てられた。

「過去の恋愛で臆病になるのはわかるよ、そういう人は凪紗だけじゃないし。それで次の男が恋にもならないしょうもない男だったから警戒するのもわかる。和泉は年下だし、あの通りモテるから不安になるのもわかる」
「信頼はできるとは思ってるんだけどね」
「いや、問題はそこじゃないから」

 菜帆はあからさまに呆れた顔をする。

「もうそうやってずっと考えてる時点でどっちにしろ凪紗は和泉のことが好きなんだよ。それなら和泉が信頼できようとクズだろうと、今さらもうなかったことにできないし、変に(仮)とか言い訳つけてる分余計にぐずぐず考えるんだよ」
「そ……その通りかもしれません……」

「好きじゃなかったら『過去にしたくないから踏み込みたくない』とか思わないからね。もうね、踏み込んでるの。結婚式もして、同棲もして、(仮)の恋人になってるんだから」
「でも過去になる日は来るかもしれないし」
「そしたら、その時考えな」

 菜帆は男前に言い切った。すべて仰るとおりです。

「誰も始めた時はこれが本当の恋かなんてわからないんだよ。どんなに愛し合ってても終わることもあれば、案外山田さんと凪紗みたいなビジネスっぽい方がうまくいくかもしれないしね。まああんたらはだめだったけど」
「菜帆はいつもそう思って恋してるの?」
「いや、何にも考えてないよ。好きだと思ったらキスしたいし、一緒にいたいだけ。それで充分。ごちゃごちゃ考えてろくな結果になるわけがない」
「一緒にいたいだけか……」

 そう言って和泉のことを思い出そうとする私に「ほらそこ考えない」とツッコミが入る。
 
「そもそも和泉はこれ以上ないってくらい誠実なのに。どうせそんな和泉の姿に変に罪悪感覚えてうじうじねちねち……見てていじらしいを超えて呆れるから早く素直になりな。あ、和泉呼んだから今すぐ帰ってね」
「えぇっ」
「こうして無理矢理背中を押してあげるのも私の優しさだとわかってもらえますかな」

 菜帆はワインを飲み干すと「かわりにここ、ご馳走様!」と笑った。

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