プルメリアと偽物花婿
幕間 side 和泉
まさかこの広い都会で、もう一度凪紗先輩に会えるだなんて思ってもいなかった。
彼女が上京していたことは知っていたけど、勤務先はもちろん知らなかった。
彼女のことは思い出のひとつとして仕舞い込んでいたから、新卒入社した会社の社食で彼女の姿を見つけた時には幻覚でも見ているのかと思った。
とはいえそれなりに規模の大きい会社で、別の部署だと知り合う機会もない。彼女が俺のことを覚えているわけもない。
ごくたまにすれ違った時に、過去の思い出を紐解いて取り出しては見つめる。それだけでも充分だった。自分が彼女とどうこうなりたい、そう思う存在でもなかった。
だから凪紗先輩の部署への異動が決まった時、これを運命と呼ぶのかもしれない。なんてロマンチックなことを考えてしまった。
「あれから十年……」
俺ももう夢見る中学生ではない。十年が経ち、彼女も高校生から大人になっている。
運命だと思うと同時に不安が大きかった。
部署が異なり、遠くから見つめる方がちょうどいい気がしていたからだ。
実際に関わるようになれば思い出のままではいられない。がっかりして、再会を後悔することもあるかもしれない。思い出は思い出のままの方がいいこともあるのだ。
そんなひねくれたことを考えながら、俺はメディアコンテンツ部に異動した。運命だと囁くように、チームも同じで、さらにメンターが凪紗先輩だと知らされた。席まで隣なのだから、もう神様のいたずらとしか思えない。
「はじめまして、下谷凪紗です。よろしくね。和泉くんと私の地元、実は同じみたいで。それでメンターに決まったの。これも何かの縁だしよろしくね」
知っていますよ。その言葉を押し込んで俺は笑顔を作った。
「午後は引き継ぎのために同行をお願いしたいし、和泉くんの話も聞きたいからその前にランチでもどうかな」
初日にそう聞かれたときは正直身構えた。理由をつけて俺と親しくなりたがる女性は多い。