プルメリアと偽物花婿
 このメディアコンテンツ部への異動も、取引先に女性が多いから、営業チームにモテ男の和泉を派遣しよう。なんて、部長同士のしょうもない飲み会の会話で決まった。

 俺も自分自身を利用できるならそれに越したことはないと思っていた。リップサービスを加えて微笑むと、担当者は気をよくして、自社にかけあって頑張ってくれることも多い。
 ただ、営業トークの一環とはいえ、自分をすり減らしている気がして、虚しさが襲ってくることもあったけど。
 
 前部署よりもうまく仕事が進むようになっていた俺は少し調子に乗っていたのかもしれない。
 
 部署異動して一ヶ月が過ぎたあたりのこと。

 とある担当者に俺は心底困っていた。
 吉田さんは、うちのコンテンツに必要不可欠な長く付き合っている化粧品メーカーの営業担当だ。先輩と同じくらいの年齢で、ベテランで仕事が出来る美人で、定期的に打ち合わせが必要となる得意先。

 俺のことを一目見て気に入ったらしい彼女は会うたびに距離を近づけていった。
 プライベートの食事にしつこく誘われたり、ビルを出たところまで追いかけてきて好意を伝えられたり。一応俺の中で線引きがあって、社内と取引先には絶対に手を出さないと決めていたから軽くあしらうしかない。

 しかし吉田さんは諦めることはない。用もないのに毎日メールが届く。どれもギリギリ仕事に触れているから返事をするしかない。
 何度も打ち合わせを入れられて、二人きりの会議室で隣に座られたり、時には待ち合わせ場所にカフェやレストランを指定されて仕事の話をほとんどせずに食事に付き合わされたりした。
 そして徐々に触れるようになってきた。最初は書類を渡す時にそっと指先を撫でられた。気のせいかと思っていたが、隣に座れば膝を添えてきたり、手の平を重ねられたり。酷い時にはエレベーターで二人きりになったときに、背後から身体を密着させられたこともあった。
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