御曹司と再会したら、愛され双子ママになりまして~身を引いたのに一途に迫られています~【極甘婚シリーズ】
プロローグ
「あの夜以来、俺は君以外の女性を抱けなくなった。責任を取ってくれ」

ネクタイの結び目に指をかけて、低い声音で彼は言う。
 
有紗は目を見開いて、自分を見下ろす漆黒の瞳を見つめ返した。
 
ふわりと感じるムスクの香り。
 
すぐそばにある男らしい喉元。
 
彼の発する壮絶な色気に圧倒されて、なにも答えられなかった。
 
そんな有紗をどこか満足げに見下ろして、彼はソファの背もたれに手をついた。

筋肉質な逞しい腕が、有紗をすっぽりと閉じ込める。
 
甘い檻の中で、有紗はこくりと喉を鳴らした。
 
天瀬(あまがせ)龍之介(りゅうのすけ)
五年ほど前に帰国するまでは、ハリウッド女優やヨーロッパ貴族の娘と浮名を流した人物だ。

今だって財界のご令嬢から引く手数多のはず。その彼が、自分以外の女性を抱けないだなんて、そんなことあるはずがない。

「まさか、そんな……、わ、私はただの秘書です」
 
有紗は掠れた声を出す。
 
そう、有紗は彼の秘書。
 
地味で目立たないというのが特徴の一般人だ。華やかな経歴の彼とは住む世界が違いすぎる。
 
セレブの街『ベリが丘』。

日本屈指の富豪だけが住むことを許されるノースエリアにあるこの豪邸で、ふたりきりという状況すら、本来ならあり得ないというのに。

「ただの秘書、か。……本当に?」

 龍之介が有紗を見据えたまま目を細めた。

「有紗?」
 
顎を掴まれて上を向くと、自分を見つめる切れ長の目。
 
有紗の背筋がぞくりと痺れた。

彼の瞳が自分だけを映している。

有紗の胸はこれ以上ないくらいに高鳴るが、誘惑に負けるわけにいかないと、自分自身に言い聞かせて目を伏せる。
 
彼に身を委ねたその先に、幸せな未来はない。

「た、ただの秘書です……。私、副社長の秘書としてそばにいるために戻ってきたのです。そうでないなら、もとの職場に戻らせていただきます」
 
彼が放つ色香に負けそうになりながら、自分を奮い立たせて有紗は言う。

そうでなくては、自分はこの場所にいることさえ許されない。
 
龍之介が不敵な笑みを浮かべ、廊下へ続くドアに意味深な視線を送った。

「もとの職場へ? それでいいのか?」
 
つられて有紗もドアを見る。
 
廊下の先の寝室では、双子の男の子が平和な寝息を立てている。 
 
命より大切な有紗の息子たちだ。
 
彼らを幸せにする。
 
龍之介の愛を求めることは叶わない自分に、残された人生の希望はそれだけだ。
 
だから自分はここにいなくてはならない。
 
双子の父親である龍之介の元に。
 
彼らの父と母として、本当の気持ちを胸の奥底へしまい込み、その役割を果たすのだ。
 
——たとえそこに、愛がなくとも。愛されることはなくとも。
 
まるで愛を乞うように、自分を見つめる彼の瞳。
 
はじめてその目に見つめられた日のことが有紗の脳裏に浮かんだ。
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