御曹司と再会したら、愛され双子ママになりまして~身を引いたのに一途に迫られています~【極甘婚シリーズ】

ふたりきりの食事

そして迎えた退職の日。
 
龍之介が有紗を労うと言って指定した場所は、大使館近くの会員制オーベルジュ『ル・メイユール』だった。

レストランに宿泊施設が併設された、本物のセレブだけが利用できる場所だ。
 
その日の業務を終えて、ふたりで車に乗り込み、運転手に行き先を告げた龍之介に有紗は目を見開いた。

てっきり行き先は、彼が社員たちとよく使うツインタワーのレストランだと思っていたからだ。
 
ル・メイユールは、ベリが丘に勤める人でも知らない人もいるくらい隠れ屋的な場所。

有紗も秘書になり龍之介がVIPとの会食に使うのを見て知ったくらいの、一般人にはまったく縁がない場所なのだ。
 
驚く有紗に龍之介が申し訳なさそうにした。

「急な変更で申し訳ない。昼間の出先で週刊誌の記者を見かけたような気がしてね。……念のためだ」
 
その言葉で、有紗は事情を把握する。
 
三日前からあるハリウッド女優が映画のプロモーションで来日した。

彼女は数年前に、ニューヨークで龍之介と熱愛をスクープされた人物だ。

来日中に、元恋人同士であるふたりが接触しないか、記者が張り付いているのだ。
 
詩織との結婚が決まっている今、彼が女優と会う予定はないけれど、たとえ上司と部下の関係でも有紗と食事をするところを人に見られるのはまずいというわけだ。
 
ル・メイユールはベリが丘に住むセレブの中でもさらにアッパー層しか利用できない場所、スタッフは身元のしっかりした者ばかりで、情報が漏れることはない。
 
——本当は断るべきだったのかもしれない。ふたりきりの食事なんて。
 
今更ながらそう思う。

彼の優しさに乗っかって、浮かれている場合ではない。万が一にでもこのことが外部に漏れたら騒動になるのは目に見えている。

たとえそうならなくても、詩織が知ったら不快に思うだろう。
 
でも。
 
今夜までは有紗は彼の秘書で、だからこそこうやって隣に座り言葉をかわすことができている。

でも明日になり、その繋がりがなくなれば、もうふたりは関わることはない。

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