はいはい、こちら中野通交番です。 ただいま就寝中。
 さてさて、布団に潜り込んだまではいいのだが、なんか気になる音がする。
カリカリカリって爪を立てるような音、、、。 よく見ると小さな虫が散歩しております。 (この辺には餌なんて無いはずだけどなあ。)
ほっといてもいいのだが、朝までウロウロされても困るので叩きを掴んで「エイ!」っとばかりにやってやります。
 その音に母ちゃんが驚いて飛んできました。 「夜中に柔道でもやってんのか?」
「こんな時間にやるかーーーーい。」 「なら、ちっとは父ちゃんのことを考えなさい。」
「何で?」 「今、エッチなドラマを真剣に見てるんだから。」
「そんなん、なおさらに関係無いやないかーーーい。」 「いいの。 それでも見せないと暴れるんだから。」
 俺も父ちゃんもいったい何だろうねえ? 冬眠から追い出された熊かい?
 騒動が過ぎ去ったので寝ようとすると、今度は母ちゃんたちの部屋から声が聞こえてきた。
うんだの、あんだの、、、。 いい年して頑張ってるんだからなあ、あの親。
 まあ、そうじゃないと家族がバラバラになっちまうわ。 母ちゃん ありがとね。
ってなんで母ちゃんにお礼を言わなきゃいけないのよ? まあねえ、そりゃあ使い処の分からん親父を遣ってくれてるんだからお礼くらい言わないとね。

 それもそれで、やっと俺は夢の中に落ちるのであります。 隣には誰も居ません。
たまに幽霊らしき影を見るんですけど、、、。
 次の朝はこれまた父ちゃんたちの毎度の会話で目を覚まします。 「昨日は激しかったなあ。」だって。
あんたが欲求不満なだけでしょうが。
 我が家の朝食は生卵と梅干が必ず出てきます。
母ちゃんの実家が養鶏農家でね、朝一番に卵を取ってくるのが日課だったんだって。
 父ちゃんはねえ、そこいらのサラリーマンだったのだ。 親が冴えないから子も冴えないのよ。
もっといい家系に生まれたかったわーーーーー。

 朝食を済ませると準備をして今日も颯爽と?ママチャリで出掛けるのであります。 行ってきますよーーーーー。
「ああああ。 何処へでも行って来い。」 洗い物をしている母ちゃんは俺の顔も見ずに送り出してくれますが、、、。
(何処へでも、、、は無いよなあ。) そう思いながらママチャリに、、、。
 交番に着くと札を外してドアを開けます。 「おはようございまーす。」
誰も居ないのに挨拶をする俺、、、。 変かなあ?
 取り合えず中へ入ると無線もチェックします。 「誰かと思ったらお回りか。 何も無いから心配するな。」
一言 そう言われてチェックは終わり。 無線が通じていればそれでいい。
それから戸棚に置いてある警棒と拳銃のチェック。 安全装置は外してないからオッケー。
使うことは無いけれど銃弾だって置いてあるのよ 何が起きるか分からないからね。
でも赴任して以来、手錠すら使ったことは無い。 いいんだか悪いんだか、、、。
いやいや、それでいいんです。 俺が人様を逮捕したり殺したりすることが無いって証拠なんだから。
そう思って胸を張っていると「この町は暴れるやつが居ないから平和でいいよねえ。」って声が聞こえる。
 ずーーーっと前 刑事だった吉岡民三さんだ。
吉岡さんはね、暴力団の中にさえ平気で飛び込んでいく恐い物知らずな警官だった。
だから腹を刺されたことだって有るし、肩を撃たれたことも有るそうだ。
死ぬ夢だって何度も見たと言っていた。 俺には無理だ。
 一通りの点検が終わると机に座って、、、いやいや椅子に座って通りを眺める。
ここは通学路にはなってないから緑のおばさんたちも居ない。
 前のバス停で数人の学生がバスを待っているだけ。
呑気だねえ、呑気だねえ。 本当に呑気だねえ。

 テレビを点けてみる。 朝のワイドショーは面白くない。
チャンネルを変えると韓国ドラマをやっている。
いかれ婆さんたちが見てるだけなんだろう? なんか呑み込めるようで呑み込めないんだよなあ。
ストーリーがあちら過ぎてて。
いいべや、何だって。 流してないとさぼってるって思われるから流してるんでしょう?
まるでどっかのお巡りさんみたいだよねえ。 って俺のことか?
居ないよりいいだろう? ひどいこと言うなあ。
事実 そうかもしれないけど、、、。 トホホ、、、。

 そこへ今日もまた暇な一日が始まるんですよ。 なんとかしてくれ!
だからって事件に追い回されるのは嫌なんだよなあ。 ほんとにこの仕事は俺に合ってるのか?
 採用されたばかりの頃、拳銃を渡されて「あの人形を撃って来い。」って言われた。
「一撃で心臓に穴を開けるんだぞ。」 先輩はニヤニヤしながら若造の俺に言うんだよ。
緊張しまくって撃ってみたら、、、。 「バカ! 何処狙ってるんだ?」って先輩が笑い転げてた。
キョトンとしてたら「お前なあ、股間を狙うやつが有るか。 考えろ。」だって。
確かになあ、、、。 的を見て俺もそう思ったわ。
 以来、何度か射撃練習をさせてもらって、胸に命中するようにはなったんだ。 でもね、その後に配属されたのがこの交番だったんだよ。
撃たなくて良かった。 撃てなくて良かった。
スポーツ射撃なんてやってたら俺は万年最下位だったろうなあ。 ある意味で表彰者だけど。

 さてさて、雨が降ってくると雨宿りをしに来る人も居るんですよ。 時々は傘を持っているのに雨宿りする人が、、、。
「傘をさすのが面倒くさいから、、、。」だってさあ。 何をするのかと思って見ていたら、、、。
 15分ほどでやってきたバスに乗っていきましたわ。 バス停には屋根が無いからねえ。
そうかと思えば野良犬も雨宿りをしてます。 蹴飛ばすわけにはいきません。
 時々ね、こんな俺でも巡回するんです。 回ってないとさぼってるように見られるんでね。
そんな時はさすがに鍵をかけて行きます。 物騒だから。
 この交番、5年前にはもう一人居たんですよ。 県警から回されてきたんだって言ってたね。
 なかなかに話の面白いお姉さんだった。 でも半年で結婚して辞めちゃった。
「何で捕まえないの?」って母ちゃんには言われたけれど、来た時には既に婚約済みだったからしょうがないのよねえ。
運が悪いというのか、縁が無いというのか、この交番には誰も来ませんです はい。
聞いたところでは配属命令を寸前になってドタキャンする人が多くて、県警でもなかなか言い出せないんだって。
だからね、ここは俺の天下なのよーーーー。 威張るなっての。

 目の前の通りはこの町の大通りじゃないんだよ。 駅前の裏の裏。
しかもうん十年前は栄えてたって所。 交番の後ろには小さな劇場が有る。
しかも女の子たちが踊っていた意味深な劇場。 廃業して何年になるのかなあ?
取り壊す話も有ったんだけど、幽霊騒ぎが続いて壊せないままなんだよ。 だいぶ 古いよねえ。
 なんかね、夜中になると入り口のドアが軋む音がするんだってさあ。 聞いたこと無いんだけど。
 しかも最近じゃあ、ユーチューバーが肝試しに来てるって言うじゃない。 それじゃあ幽霊さんだってゆっくりしてられないよ。
だいたいね、誰の幽霊化分からないんでしょ? 見たほうも見られたほうも穏やかじゃいられないよ。
 ただでさえいかがわしい噂しか無かったんだから。

 それはいいとしてその隣はまたまた廃業してしまった病院です。 見るからにゴーストタウンだよねえ。
こんな幽霊屋敷街の端っこに交番が在るんですよ。 分かってくれましたか?
って誰に言ってるの?

 ここから東へ15分ほど歩いていくと火事で丸焼けになったスーパーが残ってます。 店員が何人か死んだそうで、慰霊碑が無言で建ってます。
冬になるとね、今でもお参りに来る人たちが居るんですよ。 当時の店長さんとか、オーナーさんとかね。
そしていつも帰りには交番に寄っていくんです。 体が冷えたからって。
ここは待合室じゃないんだぞーーーーーーーーー。
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