魅惑の絶対君主

胸ぐらを掴まれた。


「女でも子供でも容赦しねぇからな」


相手の開ききった瞳孔を見て、あ、本気だって。

言うことを聞かないと容赦なくやられるって。


そう悟ったのに、悟ってしまったせいで恐怖に支配され、喉元まで凍りついてしまう。



バイトを掛け持ちして新生活の資金をコツコツ貯めてたから、お金がないわけじゃない。

それに今日はちょうどお給料日で、スクバの中にはおろしてきた八万円もある。


だけど、お金を差し出そうという意思に体が伴わないせいで、だんまりを決め込んでいると認識されてしまったみたい。



「てめぇいい加減にしろよ」


相手が拳を振り上げる一連の流れが、やけにスローモーションで目の前を流れた。


あ……殴られる。


反射的に目を閉じたのと、



「やめといたほうがいいですよ」


――恐ろしく静かな声が鼓膜を揺らしたのは、ほぼ同時。


拳が落ちてくる気配は一向になく、時間が止まったのかと錯覚した。

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