悲劇のフランス人形は屈しない3
伊坂が帰ってから数分後、あっという間に病室は騒がしくなった。
榊の音楽とは言えないギター演奏に、再度ババ抜きを始めたトランプチームが楽しそうに盛り上がっている。相変わらず天城は無表情だし、五十嵐は長い前髪のせいで目の動きが読めない。きっとこの二人は、ババ抜きに関しては最強だろう。
しばらく皆の様子を観察していた私だったが、ペットボトルに残っているお茶を一気飲みすると、意を決したようにぐっと拳を握りしめた。
教室の前に立って人前で発表することが、昔から大の苦手だったが、この数人しかいない病室も例外ではない。みんなの視線が自分に集まるかと思うと、全身から汗が流れてくる。しかし、このタイミングを逃したら、他に機会はないかもしれない。
「あ、あの…」
ギターの音程の外れた音と、蓮見の「ババが来た!」と言う叫び声で私の声はかき消された。
私は深呼吸をし、「あの!」と先ほどよりは大きめの声をだした。
最初に反応したのは、榊だった。ギターを鳴らす手を止め、私の顔を見た。
ギターが止んだおかげで、トランプチームもこちらの異変に気付いたようだ。
「白石ちゃん?」
蓮見が聞き、その隣で妹の顔が心配そうに曇った。
「どこか具合が悪いの?」
私は首を横に振り、言った。
「みんなに言っておきたいことがあって…」
ベッドサイドに座っていた榊の体がぴくっと動いた。
「た、大した話じゃないんだけど。えーと・・・。し、心配かけてごめんなさい。次からは、もっと皆に頼るように…します…」
どんどん語尾が小さくなっていく。
病室内に変な空気が流れた。私はいたたまれない気持ちになり、すぐさま下を向く。
(あーやっぱり言わなきゃよかった…)
後悔の念に押し潰れそうになっていると、いきなり首回りがずしんと重くなった。
「この!可愛い奴め!」
ベッドに乗っかると、榊は私の肩を組んで乱暴に頭を撫でた。
「今回ばかりはマジで心配したぞ!こっちの心臓を止める気かよ!こんにゃろ!」
「榊、痛い…」
しかし私の小さな呟きなど誰の耳にも届いていなかった。
「お姉さまー!」
みぞおちに向かって妹ロケットが噴射された。腰に抱き着きながらまどかが言った。
「今度約束破ったら承知しないからね!」
「うん、ごめん」
まどかの頭を抱えるようにして、私は前のめりに抱きしめた。
「なんだ。変な重大な発表をするのかと思ったじゃん」
蓮見はベッドサイドまで来ると、腰に手を当てて言った。
「でもほんと、あまり心配かけないでね。そのせいでこっちも瀕死状態だったんだから」
天城が肘で蓮見の脇腹を殴ったのを私は見逃さなかった。
「これからは隠し事はなしね」
蓮見の横に来た五十嵐が、前髪の奥から言った。
隠し事と聞いて、私は無意識に榊の方を見た。榊は「ヤベ」と呟くと、すぐに頭を下げた。
「すまん!あの状況では言わずにいるのも…」
「別にいいわよ」
私はベッド内にもぐりこんでくる妹に、場所を開けながら言った。
「隠し事はない方が、気が楽よね」
まどかの頭を撫でる。
「ハッキング、ばれちゃったんだって?」
「ええ。お母さまは卒倒しそうな勢いだったわ」
そして、少しつまらなそうに言った。「パソコンも取り上げられた」
「ほとぼりが冷めるまでね」
「あ!」
突然蓮見が大きな声を出した。
「ねえ。白石ちゃんが退院したら、退院祝いしない?」
「お!それいいな!」
榊が真っ先に反応した。
私は遠慮する、と言いかけて口を閉じた。この若者たちに振り回されるのも悪くないもしれない。彼らがいなければ、私は誰も守れなかったのだから。
卒業まであと少し。もう少し彼らに付き合ってあげても、いいかもしれない。
榊の音楽とは言えないギター演奏に、再度ババ抜きを始めたトランプチームが楽しそうに盛り上がっている。相変わらず天城は無表情だし、五十嵐は長い前髪のせいで目の動きが読めない。きっとこの二人は、ババ抜きに関しては最強だろう。
しばらく皆の様子を観察していた私だったが、ペットボトルに残っているお茶を一気飲みすると、意を決したようにぐっと拳を握りしめた。
教室の前に立って人前で発表することが、昔から大の苦手だったが、この数人しかいない病室も例外ではない。みんなの視線が自分に集まるかと思うと、全身から汗が流れてくる。しかし、このタイミングを逃したら、他に機会はないかもしれない。
「あ、あの…」
ギターの音程の外れた音と、蓮見の「ババが来た!」と言う叫び声で私の声はかき消された。
私は深呼吸をし、「あの!」と先ほどよりは大きめの声をだした。
最初に反応したのは、榊だった。ギターを鳴らす手を止め、私の顔を見た。
ギターが止んだおかげで、トランプチームもこちらの異変に気付いたようだ。
「白石ちゃん?」
蓮見が聞き、その隣で妹の顔が心配そうに曇った。
「どこか具合が悪いの?」
私は首を横に振り、言った。
「みんなに言っておきたいことがあって…」
ベッドサイドに座っていた榊の体がぴくっと動いた。
「た、大した話じゃないんだけど。えーと・・・。し、心配かけてごめんなさい。次からは、もっと皆に頼るように…します…」
どんどん語尾が小さくなっていく。
病室内に変な空気が流れた。私はいたたまれない気持ちになり、すぐさま下を向く。
(あーやっぱり言わなきゃよかった…)
後悔の念に押し潰れそうになっていると、いきなり首回りがずしんと重くなった。
「この!可愛い奴め!」
ベッドに乗っかると、榊は私の肩を組んで乱暴に頭を撫でた。
「今回ばかりはマジで心配したぞ!こっちの心臓を止める気かよ!こんにゃろ!」
「榊、痛い…」
しかし私の小さな呟きなど誰の耳にも届いていなかった。
「お姉さまー!」
みぞおちに向かって妹ロケットが噴射された。腰に抱き着きながらまどかが言った。
「今度約束破ったら承知しないからね!」
「うん、ごめん」
まどかの頭を抱えるようにして、私は前のめりに抱きしめた。
「なんだ。変な重大な発表をするのかと思ったじゃん」
蓮見はベッドサイドまで来ると、腰に手を当てて言った。
「でもほんと、あまり心配かけないでね。そのせいでこっちも瀕死状態だったんだから」
天城が肘で蓮見の脇腹を殴ったのを私は見逃さなかった。
「これからは隠し事はなしね」
蓮見の横に来た五十嵐が、前髪の奥から言った。
隠し事と聞いて、私は無意識に榊の方を見た。榊は「ヤベ」と呟くと、すぐに頭を下げた。
「すまん!あの状況では言わずにいるのも…」
「別にいいわよ」
私はベッド内にもぐりこんでくる妹に、場所を開けながら言った。
「隠し事はない方が、気が楽よね」
まどかの頭を撫でる。
「ハッキング、ばれちゃったんだって?」
「ええ。お母さまは卒倒しそうな勢いだったわ」
そして、少しつまらなそうに言った。「パソコンも取り上げられた」
「ほとぼりが冷めるまでね」
「あ!」
突然蓮見が大きな声を出した。
「ねえ。白石ちゃんが退院したら、退院祝いしない?」
「お!それいいな!」
榊が真っ先に反応した。
私は遠慮する、と言いかけて口を閉じた。この若者たちに振り回されるのも悪くないもしれない。彼らがいなければ、私は誰も守れなかったのだから。
卒業まであと少し。もう少し彼らに付き合ってあげても、いいかもしれない。