悲劇のフランス人形は屈しない3
第二章 春

変わらない日常

春が来た。
学校を休んだまま春休みに突入し、のんびり過ごしている内にとうとう春がやって来た。高校最後の年。私が卒業を目標としている高校3年生となった。
新学期になり、クラス替えで緊張を味わった生徒たちの気持ちも落ち着いた頃、私は進路指導室に呼び出されていた。
目の前では、足を組み、悩んでいる様子の担任が、パソコンとにらめっこしながら唸っている。驚いたことに三年間同じ担任である田中は、事件の真相を知ったあとも私への接し方を変えることはなかった。虐めについて知っていたかどうかは、永遠に分かることはないだろう。しかし、まるで腫れもののように扱ってくる先生よりは、何倍も楽だった。
「成績は悪くはないが、長期の病欠がどう影響するかが読めない」
長く唸ったあと、担任は口を開いた。
本来であれば高校2年生の秋ごろには決まっている進路。私だけが未定のままだった。そのせいか、担任はどこか焦っているようにも見える。
「大学は決めたか?オープンキャンパスとか…」
そう言いながらも先生は首を横に振った。
つい最近まで入院しており、全くそんな時間がなかったことを思い出したのだろう。
しかし私は言った。
「もう行きたい大学は決まっています」
担任の目が驚きで見開かれた。
「ほ、本当か?」
ノートパソコンを更に自分の方に引き寄せ、メモを取る準備をしている。
「第一志望は、知星(ちせい)大学の経済学部です」
手を動かしていた先生の手が止まった。
「本気か?」
「はい」
私は膝の上の手に力を込めた。
春休みの間、どこの大学に行くか、進路をどうするかずっと考えていた。療養中だから家にいて下さいと懇願する平松を説得し、春のオープンキャンパスを開催している学校にも足を運んだ。人生で初めて、真剣に自分の進路を考えたと思う。
きっかけになったのは、大学の資料を見るたびに、頭のどこかで何度も反芻される言葉だ。
―これからは杉崎凛子の白石透として生きてほしい。
誰が言っていたのか定かではないが、どんなに無視をしても付きまとってくるこの一言が頭から離れず、そこから私は真剣に自分のこととして考え始めた。
(るーちゃん軸ではなく、私がやりたいこと…)
それが県内でも有名な知星大学で経済について学ぶことだった。巷では“金持ちが行く学校”と言われているが、大学入試も難しく、お金を持っているだけでは受からない難関校の一つである。
幸せになって欲しい白石透の為に始めた勉強だったが、いつしか楽しんでいる自分がいた。ただ要領が良くなった訳ではなく、未だに人の倍は努力をしないといけないが、昔のように宿題や試験に対する苦手意識はなくなっていた。
(これも伊坂さんのおかげ)
夏休みに泊まり込みで伊坂が来た頃のことを思い出して、思わず笑みが零れた。時間はそこまで経っていないはずなのに、あの楽しかった勉強会が遠い過去のことのように感じる。
「知星大学か・・・」
当惑した様子の担任は足を組み直した。
「まあ、今までの成績を見ると不可能とは言えないが。滑り止めは決めていた方がいいと思うぞ。お前は、その…ブランクがあるからな」
語尾を濁し、言いにくそうに口に手を当てる田中。
「致し方ないとは言え、大学側が考慮してくれると期待しない方がいい。滑り止めの大学があれば安心して・・・」
「いいえ、先生。滑り止めは必要ありません。私は追い詰められた方が、やる気出ますから」
私はなるべく上品にほほ笑んだつもりだったが、歪んだ笑顔になってしまったのだろうか。少し引き気味の先生は「そ、そうか・・・」と言うと、席を立った。
「知星はかなり難関だ。真徳からも行く生徒はほとんどいないからな」
「ええ。承知しています」
真徳生の受験者が少ない。それがこの大学を選んだ一番の理由だ。この真徳高校では白石透の名前が知れ渡りすぎている。「虐められている白石透」を知らない場所で再出発すること。これが何よりも重要だった。
< 11 / 38 >

この作品をシェア

pagetop