悲劇のフランス人形は屈しない3
お昼過ぎになり、私はまだ熟睡している若者たちを叩き起こした。ランチには伊坂家の畑で取れた野菜をふんだんに使った焼きそばが振る舞われた。デザートにスイカを食べ、全員の胃袋が限界に近づいた頃、伊坂家のチャイムが鳴った。
「あ、りっくんかも!」
伊坂が飛びあがるように、立ち上がった。
「りっくん?」
蓮見がはち切れそうなお腹をさすりながら聞いた。
「伊坂さんのお友だちで、私に紹介したい人らしい」
「透に紹介?なんで?」
五十嵐が長い前髪の奥から聞いた。
私は肩をすくめた。
「伊坂さんの話を聞いて、私に会いたいって」
天城の眉がぴくっと動き、五十嵐が少し乱暴に飲んでいたお茶を置いた。
「なんで?」今度は天城が聞いた。
「し、知らないよ…」
「モテますな」
隣に座っていた未央がにやりと笑った。
「モテ期かこの野郎~!」
榊が私の頭を乱暴に撫でる。
その時、二人の歩いてくる足音が近づき、私たちはしんと静まり返った。
伊坂が先に姿を現し、後ろから来た人物を手で示した。
「こちら、一応ご近所のりっくんです。近所と行ってもかなり離れているけど…」
身長が高いせいか、少し頭をかがめて部屋に入って来た人を見て、私は文字通り息が止まった。
「かっこいい…」
隣で呟いた未央が私の横腹を突いたが、私はその人物に目を奪われ、反応することも出来なかった。長く伸ばした黒髪は頭の高いところで一つに結われ、少し大きめのTシャツにデニムの短パンを履いている。
辺りを見渡し、少し低めの声でその人は挨拶した。
「初めまして」
そして私の方を見ると、にこりと笑った。
「杉崎凛子です」


「大丈夫?」
未央に肩を叩かれて、私はやっと呼吸の仕方を思い出した。気がつくと、伊坂がテーブルの周りに座っている全員の自己紹介をしていた。あまり表情を変えずに聞いていた凛子だったが、天城の紹介がされた時には、ほんの少し眉を動かした。
「こちらが白石透さん」
伊坂が私を呼び、凛子と目が合った。
「やっと会えたわね。嬉しいわ」
日焼けしてさらに黒くなった腕を伸ばし、凛子が言った。
緊張しながらも出された手を取った。その時、凛子がウィンクしたのが分かった。
「どうして、りっくんって呼んでいるの?男性かと思った」
未央が凛子の隣に腰を下ろした伊坂に言った。
「それは…」少し恥ずかしそうに伊坂は、ちらりと凛子を見た。「最初会った時、髪は今よりかなり短くて、作業着を着ていたから、男の人かと…」
「男性によく間違われるの。だから、これからは髪を伸ばそうと思って」
そう言った凛子は、完全に私の方を凝視している。
(もしかして、中身は…)
「長い髪も似合っているね」
伊坂が褒めている。
「ありがとう。みんな真徳生かしら?」
沈黙している男性陣を見渡しながら、凛子が聞いた。
“りっくん”が男ではないと知って興味がなくなったのか、五十嵐は今にも眠りそうだし、天城は近くに転がっていた新聞に目を通している。榊と蓮見は、スマホのゲームを始めようとしていた。
しかし、ここで榊がぱっと顔を上げた。
「ちょっと待て。杉崎凛子ってどこかで…」
それから私の方を向いた。
「お前…」
私は榊の視線を無視し、ゆっくりと立ち上がった。興奮と緊張で体が震えているのが分かった。カラカラになった喉から私は声を絞り出した。
「杉崎さん。少しお話いいですか?」
「ええ。もちろん」
にこやかに答えると、凛子はすっと立ち上がった。
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