悲劇のフランス人形は屈しない3
「ねえ、何か楽しいことでもあった?」
午前中の競技が全て終わり、昼休憩の最中。蓮見がおにぎりを頬張りながら聞いた。
低学年で埋まってしまう食堂を避けるために、私たちは旧生徒会室に来ていた。長テーブルの上には食堂の従業員が特別に運んで来てくれたランチメニューがずらりと並んでいた。
「面白いものが見れたわ」
思い出し笑いをしながら、私はサンドイッチを口に入れた。
「あ!お前。バスケの応援来てねぇだろ!絶対来いって言ったのに!俺の雄姿を見に!」
前に座っていた榊が、いきなり叫んだ。
「見に行ったわよ」
「嘘つけ!探したけどいなかったぞ!なあ?」
榊は右隣に座っている蓮見の方を見た。
「俺も見かけてないな~。上にいた?」
「ええ。ただ人が多くて・・・。端の方にいたから見えなかったのかも」
榊は疑わしそうな顔をして私を見ている。
「じゃあ、優勝は?どこがした?」
その質問に、私は言葉に詰まった。確かに体育館にはいたが、ちゃんと試合を見ていたのは前半戦だけだ。
「えーっと…3-B?」
「俺たちだわ!3-A!接戦だったんだぞ。最後に俺が3ポイントシュートを入れて…」
そこまで言って榊は、エビフライを私の方に向けた。
「正直に言え。見に来てないだろ。俺の雄姿を逃しただろ」
「本当に行ったわよ。タオルのことも知っているもの」
そこで榊と蓮見が顔を見合わせた。
「タオルって?」
私の右隣にいた五十嵐が聞いた。低血圧という理由を付けて午前中はずっと保健室で寝ていた五十嵐は、もちろん体育館には来ていなかった。
「1年だか2年の女子が、天城に向かってタオルを投げたんだよ。手渡しではなく二階席から投げるという、今時珍しいパフォーマンス」
完全に面白がっている榊が笑いながら言った。
「可哀想に誰も拾ってあげなかったのよ。あの子、泣いてたわよ」
温かい紅茶をすすりながら、私は言った。
「海斗、なんで拾わなかったの?」
五十嵐はソファーの背もたれに寄りかかり、私の左隣にいる天城に声をかけた。
しばらく無言で唐揚げを食べていた天城だが、それを飲み込むと静かに言った。
「気持ち悪い」
その冷たい物言いに、ふと少し前の天城を思い出した。
(私も散々、コイツに拒絶されたっけな~)
自分が気を許した人以外は全く自分の懐に入れず、無理やり関わって来る人物に対しては拒絶反応を起こす彼を。
「出た。海斗の食わず嫌い」
蓮見がやれやれと首を振った。
「食わず嫌い?」
口の中いっぱいにサンドイッチを詰め込みながら、榊が聞いた。
「知らない人と関わることを極端に嫌うんだよね、昔から」
「一種の防御反応かもね」
私はぼそりと呟き、手元のカップに視線を落とした。
天城の極度の拒絶に辟易していたものの、理解は出来る。
大学時代、仲良くしていた友人に裏切られ、しばらく立ち直れなかった記憶を未だに覚えていた。それがトラウマとなり、誰のことも信用できず、自分から壁を作っていた数年間。裏切られて苦しむくらいなら、最初から一人でいた方がいい。しかし、その期間が長すぎて、新しく友達を作る方法が分からなくなっていた。一人は寂しいのに、それを言える相手もいない。社会人になり、白石透に転生するまでその状況は続いた。
(いや、ほんと。私に友達が出来る日が来るなんてね・・・)
朝から終わらない伊坂と未央のラインを思い出して、笑みが零れた。
ふと皆の視線を感じて顔を上げると、ぽかんとしている蓮見と榊の顔があった。
「何・・・?私、何か変なことでも言った?」
蓮見が首を横に振った。
「いや。白石ちゃんが、まさか海斗の性格に理解を示すなんて思わなかったから」
「伊達に年食ってねぇな!」
榊が親指を上げた。
「言い方ね。大人って言って」
「さすが姉御!」蓮見も榊に倣って親指を上げている。
「その姉御ってのはやめようか」
それから、天城の方を見た。
「タオルの彼女、天城のこと優しいって言ってた。なのに、あの対応はちょっと冷たい気がする」
「海斗が優しい?」
真っ先に五十嵐が反応した。
「壮真(そうま)のことじゃなくて?」
「俺のことじゃなくて?」蓮見が便乗する。
「確かに。優しい天城なんて、全く想像できねぇんだけど!」
榊も眉を寄せている。
皆言いたい放題である。本人は全く気にしていないのか、無表情のままおにぎりを食べている。
「アクシデントで彼女が飲み物をかけちゃった時、弁償するって言っても大丈夫って断ったとか…」
私がそこまで言うと、蓮見が「ああ!」と声を上げた。
「あの麦茶の子ね!俺も覚えてる!」
愉快そうに蓮見は手を叩いた。
「確かに海斗は「気にするな」って言ってたけど。あれはね~。海斗の優しさって言うより、その場から逃げ出したくて言った言葉って感じ。弁償しますって、凄くしつこかったからね」
「ああ、あの時の」
隣で五十嵐が思い出したように言った。
「まるで映画のワンシーンのように海斗にぶつかってた子だよね」
「そうそう!転び方も華麗だった」
「ってことは何?ワザと?」
榊が聞くと、蓮見は肩をすくめた。
「さあ、ワザとなのか本当に転んだのかどうかは分からないけど。とりあえず、海斗の制服を脱がしかねない勢いだったから、弁償はいいからって逃げた覚えはある」
「まあ、ワザとの子もよくいるからね」
五十嵐がため息を吐いた。
そんな裏話を聞いて少し天城のことが気の毒になった。自分を追いかけてくる女子に対して冷たい態度を取る理由もほんの少しだけ、理解ができた。
「人気者は大変だな」
人気とはほど遠い榊が、他人事のように言った。
転校して来てからバスケの腕が認められ、同性にはある程度好かれているが、女子となるとみんな榊を避ける。未だに榊を本気で不良だと思っている生徒も少なくない。本人としては、見た目が少し派手なだけで不良の要素はゼロだから、陰でそう言われているのはとても不満らしい。
「人気者になってもいいことないよ。物とか無くなるし、練習してる時にのぞき見されるし。集中出来ないから、本当にやめてほしい」
五十嵐が少し苛立ったように頭を振った。
ピアノの練習しているところを見たと言っていた女子がいたことを思い出す。あれはたまたま見かけたのではなく、のぞきになるのか。
「確かに、物は無くなるね。あと隠し撮りも多い」
蓮見が同感というように頷いた。
「何それ怖っ!」
榊が顔をしかめた。
「お前は、嫌われていて羨ましいよ」
蓮見が榊の肩をぽんと叩いた。
「嫌われ者の物も無くなるわよ」
私は片方の眉を上げて言った。
榊と蓮見がわざとらしく息を呑むのが分かった。
忘れもしない。ロッカーに鍵を付ける前は、筆記用具も教科書も何度もなくなった。外に投げ捨てられるだけでなく、池に落とされていたこともあった。
「そうだった!白石ちゃんって、学校一の嫌われ者だった!」
哀れみの顔をこちらに向けて蓮見が言った。
「一言多いのよ、あなたは」
「俺が来るまで友人もいなかったしな」
「一人いました」
「よしよし。僕たちがいるから、もう大丈夫だよ」
隣に座っている五十嵐が私の頭を撫でた。
「殴るわよ」
その時、次の種目が始まるという校内アナウンスが流れた。いつの間にかお昼休憩が終わるチャイムが鳴っていたらしい。
榊が伸びをしながら、立ちあがった。
「人気者には辛い種目だな」
「なに?」
これから寝ようとしている五十嵐は、ソファーの背もたれにあった毛布を自分にかけている。
榊はにやりと笑った。
「借り物競争」
「ああ~…」
室内に重苦しい沈黙が流れた。
午前中の競技が全て終わり、昼休憩の最中。蓮見がおにぎりを頬張りながら聞いた。
低学年で埋まってしまう食堂を避けるために、私たちは旧生徒会室に来ていた。長テーブルの上には食堂の従業員が特別に運んで来てくれたランチメニューがずらりと並んでいた。
「面白いものが見れたわ」
思い出し笑いをしながら、私はサンドイッチを口に入れた。
「あ!お前。バスケの応援来てねぇだろ!絶対来いって言ったのに!俺の雄姿を見に!」
前に座っていた榊が、いきなり叫んだ。
「見に行ったわよ」
「嘘つけ!探したけどいなかったぞ!なあ?」
榊は右隣に座っている蓮見の方を見た。
「俺も見かけてないな~。上にいた?」
「ええ。ただ人が多くて・・・。端の方にいたから見えなかったのかも」
榊は疑わしそうな顔をして私を見ている。
「じゃあ、優勝は?どこがした?」
その質問に、私は言葉に詰まった。確かに体育館にはいたが、ちゃんと試合を見ていたのは前半戦だけだ。
「えーっと…3-B?」
「俺たちだわ!3-A!接戦だったんだぞ。最後に俺が3ポイントシュートを入れて…」
そこまで言って榊は、エビフライを私の方に向けた。
「正直に言え。見に来てないだろ。俺の雄姿を逃しただろ」
「本当に行ったわよ。タオルのことも知っているもの」
そこで榊と蓮見が顔を見合わせた。
「タオルって?」
私の右隣にいた五十嵐が聞いた。低血圧という理由を付けて午前中はずっと保健室で寝ていた五十嵐は、もちろん体育館には来ていなかった。
「1年だか2年の女子が、天城に向かってタオルを投げたんだよ。手渡しではなく二階席から投げるという、今時珍しいパフォーマンス」
完全に面白がっている榊が笑いながら言った。
「可哀想に誰も拾ってあげなかったのよ。あの子、泣いてたわよ」
温かい紅茶をすすりながら、私は言った。
「海斗、なんで拾わなかったの?」
五十嵐はソファーの背もたれに寄りかかり、私の左隣にいる天城に声をかけた。
しばらく無言で唐揚げを食べていた天城だが、それを飲み込むと静かに言った。
「気持ち悪い」
その冷たい物言いに、ふと少し前の天城を思い出した。
(私も散々、コイツに拒絶されたっけな~)
自分が気を許した人以外は全く自分の懐に入れず、無理やり関わって来る人物に対しては拒絶反応を起こす彼を。
「出た。海斗の食わず嫌い」
蓮見がやれやれと首を振った。
「食わず嫌い?」
口の中いっぱいにサンドイッチを詰め込みながら、榊が聞いた。
「知らない人と関わることを極端に嫌うんだよね、昔から」
「一種の防御反応かもね」
私はぼそりと呟き、手元のカップに視線を落とした。
天城の極度の拒絶に辟易していたものの、理解は出来る。
大学時代、仲良くしていた友人に裏切られ、しばらく立ち直れなかった記憶を未だに覚えていた。それがトラウマとなり、誰のことも信用できず、自分から壁を作っていた数年間。裏切られて苦しむくらいなら、最初から一人でいた方がいい。しかし、その期間が長すぎて、新しく友達を作る方法が分からなくなっていた。一人は寂しいのに、それを言える相手もいない。社会人になり、白石透に転生するまでその状況は続いた。
(いや、ほんと。私に友達が出来る日が来るなんてね・・・)
朝から終わらない伊坂と未央のラインを思い出して、笑みが零れた。
ふと皆の視線を感じて顔を上げると、ぽかんとしている蓮見と榊の顔があった。
「何・・・?私、何か変なことでも言った?」
蓮見が首を横に振った。
「いや。白石ちゃんが、まさか海斗の性格に理解を示すなんて思わなかったから」
「伊達に年食ってねぇな!」
榊が親指を上げた。
「言い方ね。大人って言って」
「さすが姉御!」蓮見も榊に倣って親指を上げている。
「その姉御ってのはやめようか」
それから、天城の方を見た。
「タオルの彼女、天城のこと優しいって言ってた。なのに、あの対応はちょっと冷たい気がする」
「海斗が優しい?」
真っ先に五十嵐が反応した。
「壮真(そうま)のことじゃなくて?」
「俺のことじゃなくて?」蓮見が便乗する。
「確かに。優しい天城なんて、全く想像できねぇんだけど!」
榊も眉を寄せている。
皆言いたい放題である。本人は全く気にしていないのか、無表情のままおにぎりを食べている。
「アクシデントで彼女が飲み物をかけちゃった時、弁償するって言っても大丈夫って断ったとか…」
私がそこまで言うと、蓮見が「ああ!」と声を上げた。
「あの麦茶の子ね!俺も覚えてる!」
愉快そうに蓮見は手を叩いた。
「確かに海斗は「気にするな」って言ってたけど。あれはね~。海斗の優しさって言うより、その場から逃げ出したくて言った言葉って感じ。弁償しますって、凄くしつこかったからね」
「ああ、あの時の」
隣で五十嵐が思い出したように言った。
「まるで映画のワンシーンのように海斗にぶつかってた子だよね」
「そうそう!転び方も華麗だった」
「ってことは何?ワザと?」
榊が聞くと、蓮見は肩をすくめた。
「さあ、ワザとなのか本当に転んだのかどうかは分からないけど。とりあえず、海斗の制服を脱がしかねない勢いだったから、弁償はいいからって逃げた覚えはある」
「まあ、ワザとの子もよくいるからね」
五十嵐がため息を吐いた。
そんな裏話を聞いて少し天城のことが気の毒になった。自分を追いかけてくる女子に対して冷たい態度を取る理由もほんの少しだけ、理解ができた。
「人気者は大変だな」
人気とはほど遠い榊が、他人事のように言った。
転校して来てからバスケの腕が認められ、同性にはある程度好かれているが、女子となるとみんな榊を避ける。未だに榊を本気で不良だと思っている生徒も少なくない。本人としては、見た目が少し派手なだけで不良の要素はゼロだから、陰でそう言われているのはとても不満らしい。
「人気者になってもいいことないよ。物とか無くなるし、練習してる時にのぞき見されるし。集中出来ないから、本当にやめてほしい」
五十嵐が少し苛立ったように頭を振った。
ピアノの練習しているところを見たと言っていた女子がいたことを思い出す。あれはたまたま見かけたのではなく、のぞきになるのか。
「確かに、物は無くなるね。あと隠し撮りも多い」
蓮見が同感というように頷いた。
「何それ怖っ!」
榊が顔をしかめた。
「お前は、嫌われていて羨ましいよ」
蓮見が榊の肩をぽんと叩いた。
「嫌われ者の物も無くなるわよ」
私は片方の眉を上げて言った。
榊と蓮見がわざとらしく息を呑むのが分かった。
忘れもしない。ロッカーに鍵を付ける前は、筆記用具も教科書も何度もなくなった。外に投げ捨てられるだけでなく、池に落とされていたこともあった。
「そうだった!白石ちゃんって、学校一の嫌われ者だった!」
哀れみの顔をこちらに向けて蓮見が言った。
「一言多いのよ、あなたは」
「俺が来るまで友人もいなかったしな」
「一人いました」
「よしよし。僕たちがいるから、もう大丈夫だよ」
隣に座っている五十嵐が私の頭を撫でた。
「殴るわよ」
その時、次の種目が始まるという校内アナウンスが流れた。いつの間にかお昼休憩が終わるチャイムが鳴っていたらしい。
榊が伸びをしながら、立ちあがった。
「人気者には辛い種目だな」
「なに?」
これから寝ようとしている五十嵐は、ソファーの背もたれにあった毛布を自分にかけている。
榊はにやりと笑った。
「借り物競争」
「ああ~…」
室内に重苦しい沈黙が流れた。