悲劇のフランス人形は屈しない3
第五章 冬

肌を突き刺すような寒さが訪れる12月。学校では、さすがの榊も空気を読んで静かになるほど、外部受験組はピリピリしていた。一学年に数えるほどしかいない外部受験者だが、その内の8割がA組にいた。既に受験を終えた推薦組は、学校へ来ることもほぼなくなっていた。そのため、A組にはいつものメンバーしか出席していなかった。
数人しかいない教室を見渡して、担任が言った。
「今年もクリスマスパーティーが開催されるが、受験生の参加は任意だ。そして、今回は外部受験者が例年より多いから、3年生のキング&クイーンの投票と発表は卒業パーティーの時に行うこととなった」
それからその他諸々も連絡事項を共有すると先生はすぐさま教室を出て行った。受験生には多くの自習時間を与えたいと思っているのか、見回りにも来ない。
「白石ちゃん、クリスマスパーティーどうするの?」
蓮見が真っ先に席を立ち、五十嵐の横に座った。
「行かないわ」
参考書から目を離さずに私は答える。
「透、行かねぇの?」
先生が話している間、ずっと机に突っ伏していた榊が顔を上げた。
「時間がないもの。試験が1月だから」
「去年もいなかったのに、今年もいないのかよ…」
不満そうに小さく呟いた榊の言葉に、心臓がちくりとした。
(そうだった。私が昏睡状態から目覚めたのって年明けだっけ…)
「榊。お前そういうことはよ~…」
たしなめるように蓮見が小さい声で言った。
「だってよ。俺、一度も透とクリスマスパーティー行ったことないんだぜ」
拗ねたように言う榊は、椅子にもたれ、口を尖らせている。
「去年は行かなかったの?」
私が聞くと、榊は鼻を鳴らした。
「お前が意識不明の状態なのに、行くわけねぇじゃん」
昏睡状態で眠っている時、みんなは学校が終わるとすぐに病室に来て時間を過ごしていたと聞いた。楽しいクリスマスのこの時期も、そんな風に過ごしていたのだと思うと、心が痛んだ。
私はペンを置くと、榊の方を向いた。
「分かった。行く」
「え!」
分かりやすく榊の顔が輝いた。
「ただし一つ、条件がある」
「…なに?」
少し顔を曇らせた榊に私は言った。
「私のパートナーになって」
「はっ?」
「え?」
「透?」
「おい」
私がそう言った瞬間、なぜか全員が一斉に反応した。
「白石ちゃん、それは真剣に考えた方がいいよ!」
蓮見が慌てたように言った。
「そうそう。本当に榊なんかでいいの?」五十嵐が振り返った。
「なんかってなんだよ!」榊がすかさず突っ込む。
「一生残るんだよ、写真が」
「そうね」
私は一年目のカップル写真を撮った時のことを思い出した。天城に思い切りデコピンされ、額が赤いまま撮った写真だ。
(フォトショで消してくれたかな…)
遠い記憶を思い出していると、蓮見が言った。
「白石ちゃん、よくよ~く考えて相手を選んだ方がいいよ」
「榊でいいわよ。最後だし」
「で、ってなんだよ。俺の扱い酷くない?」
カップルイベントのことを全く知らない榊は、ただ突っ込みに徹している。
「最後だからこそ、俺と行こ」
五十嵐が言った。
「榊よりダンスのフォローはできるよ?」
「は?ダンスなんかあんの?」
榊が大きく反応した。
「そうだ。お前には重荷すぎるだろう」
蓮見はバカにしたように口角を上げている。
「そう言うお前は、ダンス出来んのかよ!」
榊は図星なのだろうか。完全にダンスが出来ない人の反応である。
「俺はできる」
蓮見が胸を張って言った。
「嘘つけ!」
「今、ここで見せてやろう」
「おうよ!」
いつものように騒がしくなり、私は常備していた耳栓を取り出した。周りの音を完全に遮断して集中しようとするが、教壇の横で変な動き対決をしている蓮見と榊が視界の端にちらつく。
(視界が騒がしいってどういうこと…)
私は顔を上げ、音のない中、遊んでいる彼らを見つめる。
白石透の体に転生した時には、全く思い描いていなかったこの状況。結局、嫌なことも、恐れていたことも起きてしまったけど、その分自分を本気で心配してくれる本当の意味での友達が出来た。白石透に転生したことは、今までの人生で起きた最高の出来事かもしれない。
(ほんと、何が起こるか分からないのが人生ね)

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