悲劇のフランス人形は屈しない3
「あら~可愛いわね!これでクイーンは決定ね!」
蓮見家の大きな鏡の前で、私は真っ赤なドレスを身に着けていた。後ろでは、針と糸を持った蓮見の母が満足そうに頷いている。タキシード姿でドアの近くで待機している蓮見に目で助けを求めるが、彼は肩をすくめただけだった。
(これはさすがに派手な気がするけど…)
レースが何段にも重なった真っ赤なドレスは、首元が大きく開いており、首には大粒のダイヤのネックレスが飾られていた。しかし、初対面の蓮見母に意見する度胸もなく、着せられるままになっていた。
「私の目に狂いはなかったわ。今回も当たりよ」
最後の仕上げを終え、蓮見母から許可が下りるとやっと体を動かせるようになった。
(今回も…?)
私の手を取って台から下ろしながら、蓮見母がウィンクした。
「私のドレスよ。透ちゃんがパーティーの度に着ていたのは」
「え、そうだったんですか?」
思わず変な声が出てしまった。毎回豪華なパーティードレスをどこから仕入れて来るのか不思議に思っていたが、まさか身近にいたとは。
「す、凄いですね・・・」
自分の語彙力のなさに呆れるが、あの豪華絢爛なドレスが蓮見母の手作りだと知った今、感嘆の声しか出て来ない。
「これからも協力してね」
「え?」
何に、と聞く前に蓮見が母親から私を引き継いだ。
「その話はまた今度ね。じゃ、行こうか」
「ちょ、何の話…?」
嫌な予感がしてならない。しかし、蓮見は聞く耳をもたず、玄関まで私を誘導すると外で待機している車へと連れて行った。前回のクリスマスパーティーしかり、今回もリムジンが用意されていた。既に車に乗り込んでいた伊坂の興奮具合は、言葉では表現できない。とにかく少しでも記憶にとどめておきたいと、写真を撮りまくっていた。しかし、私が乗り込むと、口をあんぐり開けたかと思った次の瞬間には絶賛の嵐だった。未央は控えめな黒のドレスを着ており、大人っぽい色気があった。珍しく化粧をしているからだろうか。
「さすがは、透お嬢様。一味違うね」
隣にいる未央がからかうように言った。
「本当に美しい!」カメラを構えながら伊坂が叫んでいる。
「どこにいても目立つな」とにやりと笑う榊の隣で、「やはり化けるよね、透は」と目元まで顔を隠している五十嵐が言っていた。
「もう母ちゃんが、白石ちゃんを気に入っちゃってさ~」
「油断するとモデルにされるやつね」
五十嵐がぼそりと呟き、蓮見が慌てて口を塞いだ。
「余計なことを言うな!」
「だって僕も海斗も何度も勝手に…」
蓮見の手の下で何かモゴモゴ呟いている。
「コイツの母親には気をつけろ」
天城が私を真っ直ぐ見ながら言った。
「え?」
「さ~て、出発しますかー!」
私がこれ以上話を聞かないように、蓮見は声を上げた。そしてその言葉を合図に、リムジンが動き始めた。
*
少し遅れて到着したせいか、パーティーは既に始まっていた。高級ホテルを貸し切っているせいか、清潔感漂うロビーから真徳の卒業パーティーの参加者である派手な格好をした人たちが目に留まった。自分だけが大げさな格好をしているのではないと気付いて、安堵のため息を漏らす。
青の生地に金色の刺繍が入った分厚いカーペットの階段を登り、パーティー会場へと向かうが、どこもかしこも大勢の人で溢れかえっていた。伊坂は、ホテルに一歩入ったあたりから萎縮し、静かになったと思ったら未央の腕にしがみついていた。
「結構、人いるね~」
開け放たれたドアから、会場内の様子を伺っていた蓮見が言った。
卒業生以外にも関係者であれば参加できるパーティーのため、かなり多くの人が集まったようだ。立食式のパーティーではあるものの、ところどこに置いてある丸テーブルは既にどこも人で埋まっていた。
「卒業生でいらっしゃいますか?」
ドアの入り口に待機しているスーツに白手袋をした男性が、蓮見に声を掛けた。蓮見が頷くと、襟元のマイクに何やら話かけ、背伸びして奥の方を見た。
「あちらの、手を挙げているスタッフのところに一つ空いているテーブルがあります」
会場は体育館がすっぽり入ってしまうほど、大きい。その端の方に行くと考えるだけで、足が痛くなった。既に盛り上がっている会場内を通っていくのは難しそうなので、廊下から一回りして端のテーブルに近いドアから入ることにした。床がカーペットのせいか、ヒールが引っかかって何度もつまずいてしまう。
三回ほど転んだところで、両脇から支えられた。
「本当、見てられないね」
「まだ慣れないのか」
右からは五十嵐、左からは天城が私の二の腕をしっかり持って倒れないようにしてくれた。
「・・・お手数おかけします」
私は小声でそう言うと、ヒールを立て直し、体勢を整えた。
「あの。もう、大丈夫です…」
腕から手を離さない二人を交互に見て私は言った。
「不安」
「ちょっと説得力ないかな~」
しかし、二人に腕を掴まれたまま会場に入るのは何とも無様に思えて仕方ない。最後の日に変に注目を浴びるのも避けたかった。
「わ、私が二人の腕を掴めばいいんじゃない?」
(これなら、こけないように支えてもらっても違和感はないでしょう…)
年下に頼るというのは少しプライドが傷つくが、その提案が悪くないと思ったのか二人は手を離した。私は二人の腕に掴まり、ヒールを引っかけないようにゆっくり歩いた。
「遅い」
「亀並みだね」
前を歩いていたはずの蓮見、榊、未央や伊坂の姿は既になかった。
「先に行ってくれてもいいのに」
ぼそりと私が呟くと、天城が私の額を軽く叩いた。
「置いて行く訳ないだろ」
「素直に甘える方法を知らないっていうのも問題だね」
五十嵐がやれやれと首を振っている。
「あ、ありがとうございます…」
私が小さな声でお礼を言うと、天城と五十嵐は軽く笑った。
*
亀のように遅い私たちがテーブルにたどり着いた時、ちょうど今年のキングとクイーンを発表するところだった。
「ずいぶんと遅かったね」
未央の隣に転がるように入り、私はため息を吐いた。
「ヒールが履き慣れなくて。ドレスも動きづらいし…」
「ドレスなんて着慣れてると思ってた」
未央がわざとらしく驚いたように目を見開いた。
「真徳のお嬢様たちはパーティー三昧でしょ?」
「一部はね」
藤堂が取り巻きと乾杯している姿を遠くに見つけて私は呟いた。
「そうだった。透はスポーツ女子だったね。克己(かつみ)から色々と聞いてるよ」
未央は肘で私を突いた。
「何を?」
蓮見と何やら楽しそうに話している榊の横顔をちらりと見た。
「友達が一人もいないから、筋トレばかりしてるって」
「そ、そんなことない」
私は小声で反論した。
「伊坂さんがいたよ!ただ、途中で転校してしまっただけで…」
「私も友達いないから、そんなムキにならなくて大丈夫」
私の背中を慰めるように撫でながら、未央は笑っている。
未央の「友達がいない」という言葉で思い出したことがあった。
「そう言えば。解決したの?あのクラスメートの件」
司会の邪魔にならないように、囁き声で未央に聞いた。
「う~ん。とりあえず幸田ジムで防御方法を習ってからは、あまり怪我はしなくなったかな」
(と、言うことは、虐め自体は続いたのか…)
私は未央を見つめた。
(私は周りに支えてくれる人がいたから耐えられたけど、未央は一人だもんな…)
「ちょっと。哀れな顔をするのやめてくんない?もう卒業したんだから」
「ご、ごめん…」
慌てて謝り、ふと疑問になったことを口にした。
「卒業後は大学だっけ?どこ大?」
「星心(せいしん)女子大学。そこで児童保育を学ぶつもり」
それを聞いて思わず、大声を上げそうになった。
「近い!私、知星(ちせい)大学なの」
「めっちゃ近いね!」
未央も同じように興奮している。
「大学周辺にお洒落なカフェが沢山あるの!学校帰りに、一緒にカフェ行ったりでき…」
未央がそこまで言いかけて、口を閉じた。
何事かと思ったが、一緒のテーブルにいる全員が私のことを見つめていることに気づいた。いや、テーブルにいる皆だけではない。会場全体が、私を見ていた。
「な、何…?」
隣にいる未央に聞いたが、私と話すのに夢中になっていた彼女も何が起こっているのか分かっていない。
「白石ちゃん!ほら、行かないと!」
司会の話をきちんと聞いていた蓮見が、私を呼ぶと舞台に上がるよう施す。
「…え、なんで?」
その場から離れたくない気持ちでいっぱいだが、会場からは拍手が起こり、舞台に上がらざるを得ない空気を出している。私は人の視線を背中に浴びながら、舞台に近づいた。
司会の人の前に立つと、スーツを着た彼は私にお辞儀をし、後ろに控えている人が持っていた箱から仰々しく何かを取り出した。キラキラと光る大きなティアラのようなものを、私の頭に乗せると、マイクを持った。
「今年のクイーンに選ばれたのは、3-Aの白石透さんです!おめでとうございます!」
会場が割れんばかりの拍手で溢れた。指笛を吹く音さえも聞こえる。
(く、クイーン・・・。私が・・・)
頭の中がまだ整理出来ていないせいか、司会がクイーンに選ばれたいきさつを話していても耳に入って来ない。何か言われても「はあ・・・」や「嬉しいです・・・」しか言えない。スポットライトの光が熱いせいで、頭がクラクラしてきた。
何やら長い褒め言葉を並べたあと、私に巨大な花束を渡して来た。
「あ、ありがとうございます・・・」
未だ夢うつつ状態で司会者と握手を交わす。
司会者は満足げに頷いてから、マイクに向き直った。
「では、キングの発表です」
懐から白い封筒と取り出し、長い時間を溜めてから勿体ぶって口を開いた。
「今年のキングは…」
会場がしんと静まり返っている。
「同じく3-Aの天城海斗さんです!」
またもや会場が沸いた。今度は女子の悲鳴に似た歓喜の声も聞こえた。
「体育祭でのどんでん返し劇に、多くのファンが付いたようですね~。特にあのリレーの後、陸上部に入部する一年生が増えたようですよ」
蓮見や榊に背中を叩かれ、天城が舞台に上がって来た。緊張した様子は全くなく、いつもように無表情のままだ。司会者がどれだけ絶賛しても「どうも」としか言わない。
大きめのクラウンが天城の頭上に乗せられ、花束を渡されているのを見て、やっと解放されると思った。
「それでは、クイーンの白石透さんから何か一言!」
とんでもないことを司会者が言った。
(はっ?)
いきなり表舞台に引っ張り出され、緊張で全身汗まみれだと言うのに、今度は何か言わなくてはいけないなんて、拷問すぎる。
花束を持っている手が震えている。司会者はマイクを私の前に持って来たまま、私が何か言うのを待っている。
私は唾液を飲み込むと、口を開いた。
「えーっと…まさか自分が選ばれると思っていなかったので、戸惑っています…」
小さな声で私は言った。皆の視線が怖くて冷や汗が止まらない。しかし「透、最高!」と榊が叫んだのを聞いて、少しだけ気持ちが落ち着いた。
私は目を瞑り、深呼吸をしてから話し始めた。
「・・・大変な高校生活でした。世の中には色々な人が存在していることを知りました。私の味方になって側にいてくれる人たち、私を批判する人たち。でも、それでいいって思えるようになりました。自分らしく生きる以上に、大切なことはないと思います。世の中何が起こるか分かりません。不思議な繋がりから友人が増えることも、その友人との思い出がこんなにも大切に思えることも、私は全く想像していませんでした。これから私たちは別々の道を歩くことになりますが、私はここで出会った大好きな友達のことを一生忘れることはないでしょう。最後に、私に投票してくれた方々に、お礼を言いたいと思います。ありがとうございました」
体が熱くて仕方がない。毛先から体内の臓器まで全てが震えている。スポットライトが眩しすぎて、頭がぼうっとする。天城のスピーチの内容など全く入って来ない。舞台を降りてもいいと許可を貰えると、拍手に包まれた会場の中、私は冷たい空気を求めて外へ出た。
あまりに緊張していた私は、この日のスピーチのことをそこまで覚えていなかった。
蓮見家の大きな鏡の前で、私は真っ赤なドレスを身に着けていた。後ろでは、針と糸を持った蓮見の母が満足そうに頷いている。タキシード姿でドアの近くで待機している蓮見に目で助けを求めるが、彼は肩をすくめただけだった。
(これはさすがに派手な気がするけど…)
レースが何段にも重なった真っ赤なドレスは、首元が大きく開いており、首には大粒のダイヤのネックレスが飾られていた。しかし、初対面の蓮見母に意見する度胸もなく、着せられるままになっていた。
「私の目に狂いはなかったわ。今回も当たりよ」
最後の仕上げを終え、蓮見母から許可が下りるとやっと体を動かせるようになった。
(今回も…?)
私の手を取って台から下ろしながら、蓮見母がウィンクした。
「私のドレスよ。透ちゃんがパーティーの度に着ていたのは」
「え、そうだったんですか?」
思わず変な声が出てしまった。毎回豪華なパーティードレスをどこから仕入れて来るのか不思議に思っていたが、まさか身近にいたとは。
「す、凄いですね・・・」
自分の語彙力のなさに呆れるが、あの豪華絢爛なドレスが蓮見母の手作りだと知った今、感嘆の声しか出て来ない。
「これからも協力してね」
「え?」
何に、と聞く前に蓮見が母親から私を引き継いだ。
「その話はまた今度ね。じゃ、行こうか」
「ちょ、何の話…?」
嫌な予感がしてならない。しかし、蓮見は聞く耳をもたず、玄関まで私を誘導すると外で待機している車へと連れて行った。前回のクリスマスパーティーしかり、今回もリムジンが用意されていた。既に車に乗り込んでいた伊坂の興奮具合は、言葉では表現できない。とにかく少しでも記憶にとどめておきたいと、写真を撮りまくっていた。しかし、私が乗り込むと、口をあんぐり開けたかと思った次の瞬間には絶賛の嵐だった。未央は控えめな黒のドレスを着ており、大人っぽい色気があった。珍しく化粧をしているからだろうか。
「さすがは、透お嬢様。一味違うね」
隣にいる未央がからかうように言った。
「本当に美しい!」カメラを構えながら伊坂が叫んでいる。
「どこにいても目立つな」とにやりと笑う榊の隣で、「やはり化けるよね、透は」と目元まで顔を隠している五十嵐が言っていた。
「もう母ちゃんが、白石ちゃんを気に入っちゃってさ~」
「油断するとモデルにされるやつね」
五十嵐がぼそりと呟き、蓮見が慌てて口を塞いだ。
「余計なことを言うな!」
「だって僕も海斗も何度も勝手に…」
蓮見の手の下で何かモゴモゴ呟いている。
「コイツの母親には気をつけろ」
天城が私を真っ直ぐ見ながら言った。
「え?」
「さ~て、出発しますかー!」
私がこれ以上話を聞かないように、蓮見は声を上げた。そしてその言葉を合図に、リムジンが動き始めた。
*
少し遅れて到着したせいか、パーティーは既に始まっていた。高級ホテルを貸し切っているせいか、清潔感漂うロビーから真徳の卒業パーティーの参加者である派手な格好をした人たちが目に留まった。自分だけが大げさな格好をしているのではないと気付いて、安堵のため息を漏らす。
青の生地に金色の刺繍が入った分厚いカーペットの階段を登り、パーティー会場へと向かうが、どこもかしこも大勢の人で溢れかえっていた。伊坂は、ホテルに一歩入ったあたりから萎縮し、静かになったと思ったら未央の腕にしがみついていた。
「結構、人いるね~」
開け放たれたドアから、会場内の様子を伺っていた蓮見が言った。
卒業生以外にも関係者であれば参加できるパーティーのため、かなり多くの人が集まったようだ。立食式のパーティーではあるものの、ところどこに置いてある丸テーブルは既にどこも人で埋まっていた。
「卒業生でいらっしゃいますか?」
ドアの入り口に待機しているスーツに白手袋をした男性が、蓮見に声を掛けた。蓮見が頷くと、襟元のマイクに何やら話かけ、背伸びして奥の方を見た。
「あちらの、手を挙げているスタッフのところに一つ空いているテーブルがあります」
会場は体育館がすっぽり入ってしまうほど、大きい。その端の方に行くと考えるだけで、足が痛くなった。既に盛り上がっている会場内を通っていくのは難しそうなので、廊下から一回りして端のテーブルに近いドアから入ることにした。床がカーペットのせいか、ヒールが引っかかって何度もつまずいてしまう。
三回ほど転んだところで、両脇から支えられた。
「本当、見てられないね」
「まだ慣れないのか」
右からは五十嵐、左からは天城が私の二の腕をしっかり持って倒れないようにしてくれた。
「・・・お手数おかけします」
私は小声でそう言うと、ヒールを立て直し、体勢を整えた。
「あの。もう、大丈夫です…」
腕から手を離さない二人を交互に見て私は言った。
「不安」
「ちょっと説得力ないかな~」
しかし、二人に腕を掴まれたまま会場に入るのは何とも無様に思えて仕方ない。最後の日に変に注目を浴びるのも避けたかった。
「わ、私が二人の腕を掴めばいいんじゃない?」
(これなら、こけないように支えてもらっても違和感はないでしょう…)
年下に頼るというのは少しプライドが傷つくが、その提案が悪くないと思ったのか二人は手を離した。私は二人の腕に掴まり、ヒールを引っかけないようにゆっくり歩いた。
「遅い」
「亀並みだね」
前を歩いていたはずの蓮見、榊、未央や伊坂の姿は既になかった。
「先に行ってくれてもいいのに」
ぼそりと私が呟くと、天城が私の額を軽く叩いた。
「置いて行く訳ないだろ」
「素直に甘える方法を知らないっていうのも問題だね」
五十嵐がやれやれと首を振っている。
「あ、ありがとうございます…」
私が小さな声でお礼を言うと、天城と五十嵐は軽く笑った。
*
亀のように遅い私たちがテーブルにたどり着いた時、ちょうど今年のキングとクイーンを発表するところだった。
「ずいぶんと遅かったね」
未央の隣に転がるように入り、私はため息を吐いた。
「ヒールが履き慣れなくて。ドレスも動きづらいし…」
「ドレスなんて着慣れてると思ってた」
未央がわざとらしく驚いたように目を見開いた。
「真徳のお嬢様たちはパーティー三昧でしょ?」
「一部はね」
藤堂が取り巻きと乾杯している姿を遠くに見つけて私は呟いた。
「そうだった。透はスポーツ女子だったね。克己(かつみ)から色々と聞いてるよ」
未央は肘で私を突いた。
「何を?」
蓮見と何やら楽しそうに話している榊の横顔をちらりと見た。
「友達が一人もいないから、筋トレばかりしてるって」
「そ、そんなことない」
私は小声で反論した。
「伊坂さんがいたよ!ただ、途中で転校してしまっただけで…」
「私も友達いないから、そんなムキにならなくて大丈夫」
私の背中を慰めるように撫でながら、未央は笑っている。
未央の「友達がいない」という言葉で思い出したことがあった。
「そう言えば。解決したの?あのクラスメートの件」
司会の邪魔にならないように、囁き声で未央に聞いた。
「う~ん。とりあえず幸田ジムで防御方法を習ってからは、あまり怪我はしなくなったかな」
(と、言うことは、虐め自体は続いたのか…)
私は未央を見つめた。
(私は周りに支えてくれる人がいたから耐えられたけど、未央は一人だもんな…)
「ちょっと。哀れな顔をするのやめてくんない?もう卒業したんだから」
「ご、ごめん…」
慌てて謝り、ふと疑問になったことを口にした。
「卒業後は大学だっけ?どこ大?」
「星心(せいしん)女子大学。そこで児童保育を学ぶつもり」
それを聞いて思わず、大声を上げそうになった。
「近い!私、知星(ちせい)大学なの」
「めっちゃ近いね!」
未央も同じように興奮している。
「大学周辺にお洒落なカフェが沢山あるの!学校帰りに、一緒にカフェ行ったりでき…」
未央がそこまで言いかけて、口を閉じた。
何事かと思ったが、一緒のテーブルにいる全員が私のことを見つめていることに気づいた。いや、テーブルにいる皆だけではない。会場全体が、私を見ていた。
「な、何…?」
隣にいる未央に聞いたが、私と話すのに夢中になっていた彼女も何が起こっているのか分かっていない。
「白石ちゃん!ほら、行かないと!」
司会の話をきちんと聞いていた蓮見が、私を呼ぶと舞台に上がるよう施す。
「…え、なんで?」
その場から離れたくない気持ちでいっぱいだが、会場からは拍手が起こり、舞台に上がらざるを得ない空気を出している。私は人の視線を背中に浴びながら、舞台に近づいた。
司会の人の前に立つと、スーツを着た彼は私にお辞儀をし、後ろに控えている人が持っていた箱から仰々しく何かを取り出した。キラキラと光る大きなティアラのようなものを、私の頭に乗せると、マイクを持った。
「今年のクイーンに選ばれたのは、3-Aの白石透さんです!おめでとうございます!」
会場が割れんばかりの拍手で溢れた。指笛を吹く音さえも聞こえる。
(く、クイーン・・・。私が・・・)
頭の中がまだ整理出来ていないせいか、司会がクイーンに選ばれたいきさつを話していても耳に入って来ない。何か言われても「はあ・・・」や「嬉しいです・・・」しか言えない。スポットライトの光が熱いせいで、頭がクラクラしてきた。
何やら長い褒め言葉を並べたあと、私に巨大な花束を渡して来た。
「あ、ありがとうございます・・・」
未だ夢うつつ状態で司会者と握手を交わす。
司会者は満足げに頷いてから、マイクに向き直った。
「では、キングの発表です」
懐から白い封筒と取り出し、長い時間を溜めてから勿体ぶって口を開いた。
「今年のキングは…」
会場がしんと静まり返っている。
「同じく3-Aの天城海斗さんです!」
またもや会場が沸いた。今度は女子の悲鳴に似た歓喜の声も聞こえた。
「体育祭でのどんでん返し劇に、多くのファンが付いたようですね~。特にあのリレーの後、陸上部に入部する一年生が増えたようですよ」
蓮見や榊に背中を叩かれ、天城が舞台に上がって来た。緊張した様子は全くなく、いつもように無表情のままだ。司会者がどれだけ絶賛しても「どうも」としか言わない。
大きめのクラウンが天城の頭上に乗せられ、花束を渡されているのを見て、やっと解放されると思った。
「それでは、クイーンの白石透さんから何か一言!」
とんでもないことを司会者が言った。
(はっ?)
いきなり表舞台に引っ張り出され、緊張で全身汗まみれだと言うのに、今度は何か言わなくてはいけないなんて、拷問すぎる。
花束を持っている手が震えている。司会者はマイクを私の前に持って来たまま、私が何か言うのを待っている。
私は唾液を飲み込むと、口を開いた。
「えーっと…まさか自分が選ばれると思っていなかったので、戸惑っています…」
小さな声で私は言った。皆の視線が怖くて冷や汗が止まらない。しかし「透、最高!」と榊が叫んだのを聞いて、少しだけ気持ちが落ち着いた。
私は目を瞑り、深呼吸をしてから話し始めた。
「・・・大変な高校生活でした。世の中には色々な人が存在していることを知りました。私の味方になって側にいてくれる人たち、私を批判する人たち。でも、それでいいって思えるようになりました。自分らしく生きる以上に、大切なことはないと思います。世の中何が起こるか分かりません。不思議な繋がりから友人が増えることも、その友人との思い出がこんなにも大切に思えることも、私は全く想像していませんでした。これから私たちは別々の道を歩くことになりますが、私はここで出会った大好きな友達のことを一生忘れることはないでしょう。最後に、私に投票してくれた方々に、お礼を言いたいと思います。ありがとうございました」
体が熱くて仕方がない。毛先から体内の臓器まで全てが震えている。スポットライトが眩しすぎて、頭がぼうっとする。天城のスピーチの内容など全く入って来ない。舞台を降りてもいいと許可を貰えると、拍手に包まれた会場の中、私は冷たい空気を求めて外へ出た。
あまりに緊張していた私は、この日のスピーチのことをそこまで覚えていなかった。