悲劇のフランス人形は屈しない3
「何かしら」
「全ての背景にアイツが、西園寺がいるって、いつ知ったんだ」
心臓がびくんと飛び跳ねた。
いつか誰かしらに聞かれるとは思っていた。心の準備はしていいたものの、いざ現実に起きると何と答えたらいいのか分からなかった。私は気づかれないように唾をのみ込んだ。
天城の鋭い視線が突き刺さる。
「お前の妹も知っていたようだし」
「え、ええ。そうね…」
そう答えるのが精一杯だった。私は掛布団に目を落とし、ぎゅっと拳を握った。
(どう誤魔化せばいいものか…)
「なぜ、あの時逃げなかった?」
“あの時”とは、最後に西園寺と対面した時のことを言っているのだろう。映像を見ているのではあれば、階下に行こうとして踏みとどまった私の姿を見ている。あの時、あのまま逃げていれば、昏睡状態になることもなかったと思っているに違いない。
大事故を避けられたのに、あえて対面した理由が分からないと天城の声色が物語っている。
「…逃げても無駄だと思ったからよ」
私は顔を上げると真っ直ぐ天城を見据えた。
「どこかで必ず終止符を打つ必要がある。それが、あの時だと確信したの」
それから私は肩をすくめた。
「おかげで解決したじゃない?まどかの映像も音声も役に立って…」
しかしその先は言うことが出来なかった。気がつくと、天城の腕の中にいた。
(五十嵐といい、心配してくれるのはあり難いけど…)
天城の長い腕から逃れようとするが、五十嵐の何倍も強い力で抱きしめられている。
「あの、苦しいんですが…」
「死ぬかと思った」
耳元で天城の悲しみを含んだ声が響いた。
「ええ。打ちどころが悪くなくて良かった」
しかし私の言葉を完全に無視して、彼は言った。
「俺が」
お腹の奥底で小さな動物が飛び跳ねた気がした。
(本当にみんなに心配かけてしまったのか…)
罪悪感が脳内を支配し、私はまともに考えられなかった。だからかもしれない。
天城の腕の下から手を伸ばし、彼の背中をポンポンと軽く叩いた。
「心配かけてごめんなさい。私は大丈夫だから」
天城はしばらくの間、無言だった。
(まるで、まどかの男版ね…)
それから妹にしてあげたように広い背中をさする。
「俺、今、慰められてるの?」
体を引き離した彼の表情は、いつもの不機嫌そうな天城に戻っていた。
「ええ。何だか弟のようで」
そう言いながら、私は軽く笑った。
「年が離れているから?」
彼の一言に、私は思いっきり咳き込んだ。慌てて口を手で覆う。
「な、なんで…」
「榊から聞いた」
(あんの野郎!)
天城から貰ったお茶のペットボトルを強く握りしめた。白石透の体ではまだビクともしなかったが、脳内でベコベコに凹ませる。
「事件解決の為に、榊とお前だけで共有してる秘密を吐くように仕向けた」
「ちょ、ちょっと待って。他に誰か知っているの…?」
私はまだ咳き込んだまま、無表情に戻った天城の顔を見つめた。
「俺たち三人だけ。お前の妹はもう知っているみたいだったけど」
(ど、どうする?榊のたわ言だと言ってみる…?)
指を忙しなく動かし脳内で言い訳を考えてみるが、良い案が出てこない。しかし相手はただの高校生だ。とりあえず、揺さぶってみる価値はあるだろう。
私はこほんと咳をした。
「そ、そそれを君たちは信じているのかい…?」
「もの凄い動揺してんな」
(私の馬鹿―!)
私は心で思いっきり頭を抱えた。
「冗談だと思いたかったけど、あの時の榊は嘘を吐けるような状態ではなかった。本心で話しているとすぐに分かった。それに」
天城が私の方を見た。
「お前は昔とは全く違う」
「そ、そうかしら?」
私はきょとんとした表情を作り、首を傾げた。
「そういう変なところも含めて」
天城からの突っ込みは鋭かった。
「昔の白石は、人や金に頼ることしかしなかった。努力も嫌いで全て金の力で解決しようとしていた。でも、お前は違う」
天城は続けた。
「アイツが苦手で避けていたものを、努力で補おうとしていた。金にも人にも頼らないし、全て自分の力で解決しようとする。周りが手を差し伸べても、拒否するほどに」
後半の言葉には、どこか強い苛立ちが込められていて、私は体をこわばらせた。
「お前の態度を見ていたら分かる。榊に中身が違うって言われても、俺たちはそこまで驚かなかった。むしろ、今までの行動に納得がいった。全部自分で解決しようとするのは、俺たちが高校生だからだろ。26歳が10歳も年下の奴に頼るなんて出来ないよな」
「あのぅ、何か怒ってます…?」
大きな秘密を抱えていたことに怒っているのか、中身が違う白石透が嫌なのか定かではないが、目の前の天城は怒りを露わにしている。昔の拒絶するような怒りではなく、心の底から沸き上がるような静かな怒り。
「怒ってる・・・よね?」
「ブチ切れてる」
天城が素直に認めたので、私は驚いた。
「年齢なんて関係ないだろ。危険な目に遭う前に、頼って欲しかった。もっと俺たちを信用して欲しかった。一人で抱えるなと、俺は何度も言ったのに」
年齢なんて関係ない。
その言葉が肌にビリビリと響いた。
天城は私の言い分を待っているかのように、口を閉じた。彼の真っ直ぐな瞳から本気度が伝わってくる。私はふうと空気を吐き出すと、決心してから顔を上げた。
「私には秘密がもう一つあるの」
天城の眉がぴくっと動いた。
「これは榊にも言ってないことよ。私は…」
ここで少し言葉を切った。
どう伝えたら今までの私の行動を理解してもらえるか、言葉を慎重に選ぶ必要があった。
「この先どんなことが起きるのか大体知っていた。だから、藤堂や西園寺がどういう行動に出るか、何となく予想して動いていたのよ」
「だからあのペンキの時…」
天城が思い出したように目を見開いた。
「そう。藤堂がペンキを私の机に撒くことを知っていた。まあ、妹の協力がなければ避けられなかったけどね」
私は力なく笑った。
「だから一人で全て解決できると思っていたし。あなたたちは…」
そこで私は口をつぐんだ。言っていいものか迷ってしまう。
「俺たちは?」
天城が強めに聞き返して来た。
「…あまり良い印象がなかったから、頼ろうと思えなかったのよ。私に対する態度を思い返してみて。とにかく私のことが嫌いで仕方なかったでしょ?視界にも入れたくないほどに」
天城の顔がさっと陰ったのを見て、私は笑いながら軽く首を振った。
「だけど、きっと、最初からあなたたちが優しく手を差し伸べてくれても、断っていたと思う。私は元々人に頼ることが苦手だから」
そう言いながらも私はふと、なぜだろうと思った。
(一人っ子で、昔から自力で生きることを教えられてきたせい?厳しかった父親の影響かな。確かに、身長も力もあった昔は、頼られることが多くて、誰かに頼ったことがほとんどなかった気がする…)
私は自分の考えに忙しすぎて、天城がずっと何か話していたのに気がつかなかった。そのため、いきなり「すまなかった」と謝罪された時は驚いた。
「え?」
慌てて聞き返すが、天城は聞こえないフリをした。
「だからこれからは、安心しろ」
「え、ちょっと待って」
(“だから”の前を全く聞いてなかった!)
「も、もう一回言って下さらない…?」
「言わない」
天城は腕を組み、頑なに頷こうとしない。
「前の方があまり聞こえなかったんだけど、もう一度…」
「それで。今後のことも何か見えているのか?」
もう次の話題に移ろうとしている天城を軽く睨んだ。
「いいえ。階段から落ちるところまでしか知らないわ。そこが最後」
「そ」
納得したのか、考え事をしているのか、天城は静かになった。
一つ気になることがあった。
私は聞いていいものか、分からず手を布団の上でもじもじさせた。それに気がついたのか、天城が顔を上げた。
「何」
「えっと…。今回の件、あなたにとって残念な結果になってしまったから、大丈夫かなと思って」
天城の片方の眉が上がった。
「俺にとって?」
「ええ。西園寺さん、特別な人だったんでしょ」
天城は信じられないと首を振った。
「そこ、お前が心配するの?殺されかけたのに?」
「私にとっては脅威の人だったとしても、別の人にとっては特別な存在だったなと思い出しただけよ」
どこまでお人よしなんだ、と呟くのが聞こえた。
じりじりするほど長い間のあと、天城が声を抑えながら話し始めた。
「俺が入院している時」
よく耳をこらさないと聞こえないくらい小さい声だ。あまりしたくない話なのだろうと思った。
「医者にバスケはもう諦めろと言われた時に、俺のそばにいて「いつかまたバスケが出来る」と励ましてくれていたのが西園寺だった。たまたま同じ病棟で、顔を合わせる回数も多かった。一番荒れていた時期に近くにいた人物として、アイツは特別な存在だった」
(それはきっと西園寺も同じ。辛い入院生活をしている時に出会った年の近い男の子がいたら、そりゃ気にもなるよな)
「そう。ごめんなさいね」
私が小声で謝罪すると、額に何かが当たった。普段の何倍も優しいデコピンだった。
「お前が謝るな」
そしてどこか悲しそうに言った。
「それにもう、アイツは俺が知っている昔の西園寺じゃない」
天城の表情が今にも泣きそうだったので、思わず頭を撫でようと手を伸ばそうとしたが、すぐに手首を掴まれた。
「何してんの」
「え…。慰めようと思って」
馬鹿正直に言ってすぐに後悔した。天城の瞳が苛立ちで燃えている。
「精神年齢が少し年上だからってナメてる?」
「な、ナメてないです」
(少しって差じゃないけど…)
私は天城の手から逃れようと腕を引っ張り、自由になった腕を布団の下に滑り込ませた。
「もうしません」
眉間に皺の寄った天城の顔を見ながら私は呟いた。
「寝ろ。遅い時間だ」
そう言われて、時計を見ると3時を指していた。どれだけ長いこと話していたのか。
(しかし、いつも無口の天城がここまで話すとは…)
何だか全く懐かない野良猫を手懐けたようなくすぐったい気分だった。
「何」
笑みがこぼれてしまった私を睨みながら天城が言った。
「いえ。何でも」
私はそう言いながらベッドにもぐりこんだ。
布団はすっかり冷え切っているのに、不思議と心も体もぽかぽかしていた。
(いい夢が見られそうだ)
瞼を閉じるや否や、私はあっという間に夢の世界へと旅立った。
「全ての背景にアイツが、西園寺がいるって、いつ知ったんだ」
心臓がびくんと飛び跳ねた。
いつか誰かしらに聞かれるとは思っていた。心の準備はしていいたものの、いざ現実に起きると何と答えたらいいのか分からなかった。私は気づかれないように唾をのみ込んだ。
天城の鋭い視線が突き刺さる。
「お前の妹も知っていたようだし」
「え、ええ。そうね…」
そう答えるのが精一杯だった。私は掛布団に目を落とし、ぎゅっと拳を握った。
(どう誤魔化せばいいものか…)
「なぜ、あの時逃げなかった?」
“あの時”とは、最後に西園寺と対面した時のことを言っているのだろう。映像を見ているのではあれば、階下に行こうとして踏みとどまった私の姿を見ている。あの時、あのまま逃げていれば、昏睡状態になることもなかったと思っているに違いない。
大事故を避けられたのに、あえて対面した理由が分からないと天城の声色が物語っている。
「…逃げても無駄だと思ったからよ」
私は顔を上げると真っ直ぐ天城を見据えた。
「どこかで必ず終止符を打つ必要がある。それが、あの時だと確信したの」
それから私は肩をすくめた。
「おかげで解決したじゃない?まどかの映像も音声も役に立って…」
しかしその先は言うことが出来なかった。気がつくと、天城の腕の中にいた。
(五十嵐といい、心配してくれるのはあり難いけど…)
天城の長い腕から逃れようとするが、五十嵐の何倍も強い力で抱きしめられている。
「あの、苦しいんですが…」
「死ぬかと思った」
耳元で天城の悲しみを含んだ声が響いた。
「ええ。打ちどころが悪くなくて良かった」
しかし私の言葉を完全に無視して、彼は言った。
「俺が」
お腹の奥底で小さな動物が飛び跳ねた気がした。
(本当にみんなに心配かけてしまったのか…)
罪悪感が脳内を支配し、私はまともに考えられなかった。だからかもしれない。
天城の腕の下から手を伸ばし、彼の背中をポンポンと軽く叩いた。
「心配かけてごめんなさい。私は大丈夫だから」
天城はしばらくの間、無言だった。
(まるで、まどかの男版ね…)
それから妹にしてあげたように広い背中をさする。
「俺、今、慰められてるの?」
体を引き離した彼の表情は、いつもの不機嫌そうな天城に戻っていた。
「ええ。何だか弟のようで」
そう言いながら、私は軽く笑った。
「年が離れているから?」
彼の一言に、私は思いっきり咳き込んだ。慌てて口を手で覆う。
「な、なんで…」
「榊から聞いた」
(あんの野郎!)
天城から貰ったお茶のペットボトルを強く握りしめた。白石透の体ではまだビクともしなかったが、脳内でベコベコに凹ませる。
「事件解決の為に、榊とお前だけで共有してる秘密を吐くように仕向けた」
「ちょ、ちょっと待って。他に誰か知っているの…?」
私はまだ咳き込んだまま、無表情に戻った天城の顔を見つめた。
「俺たち三人だけ。お前の妹はもう知っているみたいだったけど」
(ど、どうする?榊のたわ言だと言ってみる…?)
指を忙しなく動かし脳内で言い訳を考えてみるが、良い案が出てこない。しかし相手はただの高校生だ。とりあえず、揺さぶってみる価値はあるだろう。
私はこほんと咳をした。
「そ、そそれを君たちは信じているのかい…?」
「もの凄い動揺してんな」
(私の馬鹿―!)
私は心で思いっきり頭を抱えた。
「冗談だと思いたかったけど、あの時の榊は嘘を吐けるような状態ではなかった。本心で話しているとすぐに分かった。それに」
天城が私の方を見た。
「お前は昔とは全く違う」
「そ、そうかしら?」
私はきょとんとした表情を作り、首を傾げた。
「そういう変なところも含めて」
天城からの突っ込みは鋭かった。
「昔の白石は、人や金に頼ることしかしなかった。努力も嫌いで全て金の力で解決しようとしていた。でも、お前は違う」
天城は続けた。
「アイツが苦手で避けていたものを、努力で補おうとしていた。金にも人にも頼らないし、全て自分の力で解決しようとする。周りが手を差し伸べても、拒否するほどに」
後半の言葉には、どこか強い苛立ちが込められていて、私は体をこわばらせた。
「お前の態度を見ていたら分かる。榊に中身が違うって言われても、俺たちはそこまで驚かなかった。むしろ、今までの行動に納得がいった。全部自分で解決しようとするのは、俺たちが高校生だからだろ。26歳が10歳も年下の奴に頼るなんて出来ないよな」
「あのぅ、何か怒ってます…?」
大きな秘密を抱えていたことに怒っているのか、中身が違う白石透が嫌なのか定かではないが、目の前の天城は怒りを露わにしている。昔の拒絶するような怒りではなく、心の底から沸き上がるような静かな怒り。
「怒ってる・・・よね?」
「ブチ切れてる」
天城が素直に認めたので、私は驚いた。
「年齢なんて関係ないだろ。危険な目に遭う前に、頼って欲しかった。もっと俺たちを信用して欲しかった。一人で抱えるなと、俺は何度も言ったのに」
年齢なんて関係ない。
その言葉が肌にビリビリと響いた。
天城は私の言い分を待っているかのように、口を閉じた。彼の真っ直ぐな瞳から本気度が伝わってくる。私はふうと空気を吐き出すと、決心してから顔を上げた。
「私には秘密がもう一つあるの」
天城の眉がぴくっと動いた。
「これは榊にも言ってないことよ。私は…」
ここで少し言葉を切った。
どう伝えたら今までの私の行動を理解してもらえるか、言葉を慎重に選ぶ必要があった。
「この先どんなことが起きるのか大体知っていた。だから、藤堂や西園寺がどういう行動に出るか、何となく予想して動いていたのよ」
「だからあのペンキの時…」
天城が思い出したように目を見開いた。
「そう。藤堂がペンキを私の机に撒くことを知っていた。まあ、妹の協力がなければ避けられなかったけどね」
私は力なく笑った。
「だから一人で全て解決できると思っていたし。あなたたちは…」
そこで私は口をつぐんだ。言っていいものか迷ってしまう。
「俺たちは?」
天城が強めに聞き返して来た。
「…あまり良い印象がなかったから、頼ろうと思えなかったのよ。私に対する態度を思い返してみて。とにかく私のことが嫌いで仕方なかったでしょ?視界にも入れたくないほどに」
天城の顔がさっと陰ったのを見て、私は笑いながら軽く首を振った。
「だけど、きっと、最初からあなたたちが優しく手を差し伸べてくれても、断っていたと思う。私は元々人に頼ることが苦手だから」
そう言いながらも私はふと、なぜだろうと思った。
(一人っ子で、昔から自力で生きることを教えられてきたせい?厳しかった父親の影響かな。確かに、身長も力もあった昔は、頼られることが多くて、誰かに頼ったことがほとんどなかった気がする…)
私は自分の考えに忙しすぎて、天城がずっと何か話していたのに気がつかなかった。そのため、いきなり「すまなかった」と謝罪された時は驚いた。
「え?」
慌てて聞き返すが、天城は聞こえないフリをした。
「だからこれからは、安心しろ」
「え、ちょっと待って」
(“だから”の前を全く聞いてなかった!)
「も、もう一回言って下さらない…?」
「言わない」
天城は腕を組み、頑なに頷こうとしない。
「前の方があまり聞こえなかったんだけど、もう一度…」
「それで。今後のことも何か見えているのか?」
もう次の話題に移ろうとしている天城を軽く睨んだ。
「いいえ。階段から落ちるところまでしか知らないわ。そこが最後」
「そ」
納得したのか、考え事をしているのか、天城は静かになった。
一つ気になることがあった。
私は聞いていいものか、分からず手を布団の上でもじもじさせた。それに気がついたのか、天城が顔を上げた。
「何」
「えっと…。今回の件、あなたにとって残念な結果になってしまったから、大丈夫かなと思って」
天城の片方の眉が上がった。
「俺にとって?」
「ええ。西園寺さん、特別な人だったんでしょ」
天城は信じられないと首を振った。
「そこ、お前が心配するの?殺されかけたのに?」
「私にとっては脅威の人だったとしても、別の人にとっては特別な存在だったなと思い出しただけよ」
どこまでお人よしなんだ、と呟くのが聞こえた。
じりじりするほど長い間のあと、天城が声を抑えながら話し始めた。
「俺が入院している時」
よく耳をこらさないと聞こえないくらい小さい声だ。あまりしたくない話なのだろうと思った。
「医者にバスケはもう諦めろと言われた時に、俺のそばにいて「いつかまたバスケが出来る」と励ましてくれていたのが西園寺だった。たまたま同じ病棟で、顔を合わせる回数も多かった。一番荒れていた時期に近くにいた人物として、アイツは特別な存在だった」
(それはきっと西園寺も同じ。辛い入院生活をしている時に出会った年の近い男の子がいたら、そりゃ気にもなるよな)
「そう。ごめんなさいね」
私が小声で謝罪すると、額に何かが当たった。普段の何倍も優しいデコピンだった。
「お前が謝るな」
そしてどこか悲しそうに言った。
「それにもう、アイツは俺が知っている昔の西園寺じゃない」
天城の表情が今にも泣きそうだったので、思わず頭を撫でようと手を伸ばそうとしたが、すぐに手首を掴まれた。
「何してんの」
「え…。慰めようと思って」
馬鹿正直に言ってすぐに後悔した。天城の瞳が苛立ちで燃えている。
「精神年齢が少し年上だからってナメてる?」
「な、ナメてないです」
(少しって差じゃないけど…)
私は天城の手から逃れようと腕を引っ張り、自由になった腕を布団の下に滑り込ませた。
「もうしません」
眉間に皺の寄った天城の顔を見ながら私は呟いた。
「寝ろ。遅い時間だ」
そう言われて、時計を見ると3時を指していた。どれだけ長いこと話していたのか。
(しかし、いつも無口の天城がここまで話すとは…)
何だか全く懐かない野良猫を手懐けたようなくすぐったい気分だった。
「何」
笑みがこぼれてしまった私を睨みながら天城が言った。
「いえ。何でも」
私はそう言いながらベッドにもぐりこんだ。
布団はすっかり冷え切っているのに、不思議と心も体もぽかぽかしていた。
(いい夢が見られそうだ)
瞼を閉じるや否や、私はあっという間に夢の世界へと旅立った。