好きを君に。
バスはやっぱり混みあっていた。
制服姿の学生がほとんどを占領していて、たぶんその過半数が東高の志願者。
これだけの人数が、ライバルなんだ。

そう考えると、朝から感じていた緊張がさらに強まる。
唇を引き結ぶと、そんなあたしの様子に気づいた千香に、ばしん。と軽く一発頭をたたかれた。

「いったぁ」
思わず頭をおさえて千香をみると、こんな日でも千香の目は冷めていて。
「気にしても仕方ないでしょ。緊張するだけ体力と気力の無駄」
「あのね、わかっててもするでしょ緊張は」
「緊張ちょっと和らいだでしょ?」

……そういわれたら、たしかにそうかも。
たたかれたことに意識がいったから、さっきまでの緊張がなくなっていた。

恐るべし千香。

「緊張してないの?」
「するだけ無駄だし、いつも通りするだけだしね」
聞いてみると、千香はそうしれっと答えた。
でも、つり革をもつ手がわずかに震えていて、あたしはなんとなく、千香も緊張してるんだろうなって思った。

きっと千香も、いつも通りにしようって思ってるんだって気づく。
また少し緊張してきたあたしに、千香が背負ってるリュックについているお守りが目に入る。
真新しいお守りと少し使い古された同じお守りがついていた。

「あれ、千香、そのお守り……」
千香はああ、とお守りに目を向ける。
「お正月に買ったやつと、昨日藤崎がくれたやつ」
「藤崎は、いらないっていわれたっていってたのに」
「さすがにすでに買ってたから受け取った。いらないとはいったけど。遥ももらったんでしょ?」
「うん」
思わず顔がにやける。
「よかったね」
「……うん」

たとえ千香と桐野のついでに買ってくれただけだとしても、すごく嬉しい。

「なんで藤崎、お守りなんてくれたんだろ?」
「あんたがこの時期に合格祈願なんて誘い出したんだから、全員にお守りでも買いなさいってお母さんにいわれたらしいよ」
「え、そうなんだ」

もしかしてお母さんに怒られたのかな?
でもそれなら、藤崎のお母さん、ありがとうございます……!
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