好きを君に。
千香の家に着いたら、あたしはスマホを取り出して、千香に「今、千香の家の前にいるの。会えない?」とだけ送った。
数分して、ドアを開けた千香があたしの顔を見てギョッとする。

「あんたどうしたの、その顔」

来たもののなにから説明していいかわからず、涙を拭ったあたしに、千香は家のドアを全開にした。

「とりあえず中入れば? 今誰もいないし」

お言葉に甘えて、あたしは千香の家にお邪魔することにした。
千香の部屋に入ると、千香が折りたたみのテーブルを広げて、クッションをくれた(たぶん妹の部屋からとってきたであろうファンシーなクッションだった)。
そのまま千香は階下に降りて、温かい紅茶とクッキーを持ってきてくれる。

「……藤崎に、会った」
無言で紅茶を飲んでしばらくして、落ち着いたあたしはそう千香にいった。
「そう」
千香の返事はそれだけ。
「全部、思ってることぶちまけちゃった」
「全部?」
「好きとは、いってないけど。あたしのことなんとも思ってないなら、かまわないでよ、てきな。言いたいことだけいって、逃げちゃった」
「言い逃げってやつね」
淡々と事実をいう千香の冷静さにふふ、と笑ってしまう。

確かに言い逃げだ。

「あんな風にいうつもりなかったのに」
「……もういっそちゃんと告白すれば?」
「え?」
「ぶちまけちゃったんなら全部ぶちまけたほうが前も向けるんじゃない?」
「簡単にいわないでよ。そんな勇気、あたしにはないよ」
あたしは苦笑しながら顔を覆う。

漫画とかドラマの主人公みたいに、あたしにそんな勇気はもてない。

みんな好きな人に好きと、なんでいえるんだろう。
あたしには好きな人に好きと言える勇気も振られる覚悟もない。

「ちゃんと藤崎に伝えた方が、あとあと後悔しないですむって私は思っちゃうけどね」
「そんなことわかってるよ」
現実的な千香の言葉は胸に響く。

言わなかったらきっと後悔する。
ちゃんとあたしの言葉で藤崎に伝えた方がいいってわかってる。

ポンと頭に手がのせられる。
優しく千香が頭を撫でて、あたしの涙腺がまた緩みそうになる。

「たくさん考えてさ、あんたがしたいようにしなよ」
「……うん」
いつもより優しさ二割増くらいの千香の言葉に、あたしは小さく頷いた。
< 53 / 79 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop