消えてしまった私の恋。
 プロローグ
 
 
 
20〇〇年 春
 
 
 あるウイルスが世界から消えた年。
 戦争を終えたばかりの某国において確認された感染者を最後に、数週間後にWHOが終息宣言を出した。
 その結果、世界中からマスク姿の人が消えた。
 終息宣言が出る一年前、ウイルスが最終的なフェーズへと入り、これまでに類を見ない変異の仕方、そして拡がり方により、犠牲者の数は今までのコロナ禍以上に劇的に増加していったが、それがとうとう終わりを告げた。
 そして、その年のある日。
 桜が舞い散る春。
 巴たちは山の中の墓地に集まっていた。
 「遅いぞー」と克彦。
 愛之助が巴たちの元へ走ってくる。
 「ごめんごめん。家で少しドタバタしちゃって」
 克彦がゼーゼーと言いながら話す。
 「もうー、ほんっと慌てん坊なんだから~。行くよ」
 舞子がそう言うと、巴たちはとある人の墓場まで歩き出す。
 「もうこんな季節か……」
 克彦が遠くで咲いている桜を見て言う。
 「ああ、確かにな。最近までマスクをしていたのが嘘のように感じられるぜ」
 愛之助が同じく桜を見て言うと、巴が「おーい」と二人を呼ぶ。
 二人は巴と舞子の元へ駆け寄り、ある人――、それは皆にとって大切な、大切な同級生の墓場だった。
 各々が墓に花を置き、巴がコップに柄杓を使って水を注ぐ。
 ちょろちょろ……。
 ちょろちょろ……。
 コップから溢れそうになるぐらいまで水を注ぎ、巴は中央の凹み部分に水が零れないように慎重に置く。
 「……よし」巴は一歩下がり、皆と同じ位置に並ぶ。
 そして、皆で手を合わせる。
 鳥がチュンチュンと鳴く声。
 滝が流れる音。
 森林が微かな風によってすれる音。
 それらが、自然の音が巴の鼓膜に優しく響かせた。
 「……よし、帰るか」
 愛之助のその声が合図となり、皆がその場から立ち去る。
 皆が歩いていると、克彦が話し出す。
 「あいつ、今頃何してんのかなぁ」
 「そうだな。今頃、コロナ禍で出来なかった事を沢山してんじゃねーか?」と愛之助。
 「そうだね。ああ、あと、私との思い出にも浸っているのかも」と巴。
 「うん。とにかく、〝あの世〟でも良い思い出をつくっていれば良いね」
 舞子がそう言うと、皆が頷く。
 皆が(コロナ禍が終わる直前に免許を取って数日前に買ったという)愛之助の愛車に乗り、「みんなー、準備は良いかー?」と運転席に座る愛之助が言う。
 水素自動車の為なのか、エンジン音が静かだった。
 山々の景色から、都会の装いをした景色に変わる。
 移り変わっていく景色を、後部座席に座る巴はあの頃について思い返していた。
 
 「……雅くん」
 
 

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