消えてしまった私の恋。
2019年7月10日
 

 
 
 
 コップのカツンという乾いた音が店内に響く。
 巴の目の前に座る男――星野雅は物静かで、大人しそうに見える。だが、何か物音だったり外で何か聞こえたりすると忙しなく目線を動かす。
 なぜ巴と雅が二人きりになったかと言うと、巴が一人で帰路についた頃にまで遡る。
 その日、巴が一人で帰り道を歩いていると、舞子が後ろから声を掛けた。
 「どうしたの?」と巴。
 「一緒に帰らない?」
 舞子がそう話すと、巴は彼女の隣にいた男に目線を移す。
 その男とは、入学式の時巴が一目惚れをした人だった。
 心臓がドクンと脈打ってから、巴は「ああ、うん」と頷く。
 「良かった。実はね、この人がどうしても私の友達を紹介して欲しいって言うから」
 そう言い、彼女は男の背中をわざとらしくポン、と叩く。
 「初めまして」と巴は隣の背の高い男に、緊張しながら言う。
 「……初めまして」
 「私、邑井巴です」
 「……僕、星野雅。よろしく」
 と雅は辺りをキョロキョロと目線を忙しなくしながら、巴に自己紹介をする。
 「それじゃ、駅前のカフェに行くとするか」
 そう言い、舞子は一人先導を切って歩いていった。
 学校から歩いて十数分経ったところで、駅前のカフェに到着した。
 どこにでもありそうな、いわゆるチェーン店のような装いをしたカフェだったが、巴たち三人が中に入ると、まるで日本じゃないような異世界を漂わせる内装が施されていた。
 カフェスタッフによって窓際のテーブル席に案内され、巴と舞子は互いに向き合って窓側、雅は巴の隣に座って通路側に座った。
 巴と雅は互いに緊張して何も話しかけていなかったが、舞子が先に話し始めることによって互いのことを知り始める第一歩となった。
 「そう言えばさ、二人はどういう風に友達になったの?」
 巴がストローでカフェラテを吸いながら言う。
 「うーん。先に私から雅に声を掛けて、それで友達になったって感じ? 入学式の日、教室でただポツンと座っていたから、私が話しかけたんだよね」
 「ということはさ、同じクラスってこと?」
 巴が少し驚いた口調で言うと、舞子が「そうそう」と頷く。
 「雅くんってさ、趣味とかある?」と巴。
 「……趣味、かぁ。うーん、強いて言えば読書かなぁ」
 「読書? どんなジャンルを読んだりするの?」
 「主はファンタジーものかなぁ。後は時々ミステリものだったり、恋愛ものだったりを読むかなぁ」
 「そうなんだ~。私、あんまり本は読まないかなぁ」
 「そうなんだ」
 「あ、じゃあ、私ちょっとお手洗いに行ってくるよ」
 そう言い、舞子は席を立ってカフェの奥へと消える。
 
 舞子がお手洗いに行ってから、数分。
 巴と雅は静かに、話しかけることなく時間が過ぎていく。
 沈黙。
 巴は時々窓の向こうの景色を見るが、雅は落ち着きなく視線を彷徨わせる。
 先に口を開いたのは、巴だった。
 「ねぇね」
 「ん」
 「……こんなこと、聞いてあれだと思うんだけど」
 「……」
 「雅くんって、好きな人、いる?」
 巴が緊張しながら、耳を赤くしながら言う。
 「……」
 「……いたら、いたらで別に話さなくても良い……」
 「いる」
 雅が巴の言葉を遮って、小さく蚊の鳴くような声で呟く。
 「……え?」
 「いる」
 巴は雅のことをじっと見つめると、雅は巴に顔を向ける。
 「……君のことが、好き」
 そう言った彼の顔は、どこか恥ずかしげだった。
 「……ありがと」
 巴が少し目線を下げて言い、言葉を続けた。
 「……付き合う?」
 そして、彼は「うん」と小さく頷く。
 「少し、抱きついても良いかな」と巴。
 「うん」
 雅がそう言うと、巴は彼の背中に手を回し、顔を彼の胸に沈める。
 彼はどこか恥ずかしげに、だけど、どこか嬉しげに、巴の頭をそっと撫でた。
 
 「ありがと」
 
 巴が顔を沈めたまま言うと、雅は「うん。こちらこそ」と彼女の耳元で囁く。
 そんな光景が、窓から差す夕日が優しく照らした。
 また。
 「全く……、私のいないところで……」
 と、舞子はお手洗いのところから、その光景を口の端を上げながら優しく見守っていた。
 
 
 

< 3 / 11 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop