消えてしまった私の恋。
2019年7月14日



 「お待たせ~」
 巴がショッピングモールの入り口で待つ雅の元へ歩み寄る。
 「ああ、うん」
 雅が携帯をチェック柄のウェストポーチにしまいながら言う。
 「待った?」
 「ううん、全然」
 彼が笑顔で応えると、巴が「じゃ、行こ」と彼の腕を軽く握る。
 二人が訪れている場所は駅からバスで数分のところにある、ショッピングモールだった。地域で一番の商業施設の面積を誇るこの施設は、休日になると多くの家族連れで賑わう。また、施設内に水族館が併設されていることから、特に子どもたちに人気だという。
 「ねね、どこ行く?」
 巴がエスカレーターの横に設置されているフロアマップを見て言う。
 ショッピングモールは全部で四階。一階には主にフードコートが敷かれており、二階三階はファッションに関するお店が敷かれていた。そして、四階にはアミューズメントに関する店舗が敷かれており、中には映画館やゲームセンターなどがあった。
 「服とか見る?」と雅。
 「服ねぇ~。どっしよかなぁ~」
 人差し指に顎を添えて巴は唸ると、「決めた!」と言って二階のあるお店を指す。
 「ここ行こ!」
 巴が指した場所、そこは『ヴィレッジ・ヴァンガーデン』という輸入洋服店だった。店のロゴがどことなく外国を匂わせるような、そんな感じのロゴだった。
 彼女は雅の腕を引っ張り、エスカレーターを使って二階へと上がった。
 
 二階もまた家族連れが多かった。ただ、一階とは違い、男女で歩く組の方が家族連れより少しばかり多いと、二人は感じていた。
 肩がぶつからないように慎重に歩き、エスカレーターから少し離れたところに二人が目指していた店があった。
 「何だか、外国に来た気分だね」
 巴がそう言うと、雅が「そうだね」と頷く。
 周辺のお店は白を基調とした外装が特徴だが、二人が訪れたお店は青を基調とした外装が特徴的であり、外国に飛び込んだ、そのような気持ちにさせた。
 そんなお店に入ると、絶賛セール中なのか、商品が置いてある棚や天井には『セール中!』と大きくプリントされたものが貼られていたり、吊されていたりしていた。
 「ちょっと、これ物が多いような……」
 中は広々としていそうなのに、商品が多くて狭く感じる店内を二人は歩く。
 輸入専門をお店だろうか、お洒落なデザインがされた洋服が沢山置いてあるが、その分値段が高くなっていた。
 「高いねぇ」と巴。
 「うん。輸入品だから仕方ないよ。――どうかした?」
 雅は上目遣いをする巴に首を傾げる。
 「……」
 「……いや、どうかした?」
 「……え?」
 「え?」
 「え?」
 互いに言い合っていると、巴が痺れを切らしたのか、頬を膨らませる。
 「いやさ、こういうときは男が率先して『じゃあ僕がお金を出すよ~』とかじゃないの~?」
 雅のモノマネをしながら巴が言う。
 「ああ、そのこと。……ううーん、今月ちょっとお金がたりな……うわっ」
 雅が持っていた二つ折りの財布を巴が奪い、その中身を彼女が見る。
 「……ケチ」
 「え?」
 彼女が小声でボソッと呟く。
 「あるじゃん。沢山」
 「あるけどさ、節約? しなくちゃいけないなぁって」
 「あんたは主婦か!」
 「痛っ」
 巴が雅の背中を叩く。
 「わーかったよ。お金出すからさ」
 雅が納得したような口調で言うと、巴が「やったー!」と喜ぶ。
 「……お嬢ちゃんかよ」
 「何か言った?」
 彼女がニコッと笑うと、雅は首を振って「ううん。何でも無い」と額に汗を掻きながら言う。
 (……危ない。ここでまた余計なことを言ったら隣にいる〝暴力女〟に何されるかたまってもんじゃない……)
 「何か言った?」
 巴が顔を覗くように言う。
 「ああああああああ、いいいいいいいいいいい、いやややややややややや、なんでもないよ」
 「あ、そう? 何だか額の汗が凄かったからさ」
 「ギクッ」
 小声で雅が呟くと、巴が店の奥へと歩く。
 雅も彼女の背中を追って歩くと、そこには日本ではあり得なさそうな奇抜なデザインの服が置かれていた。ポップな店内音楽のように、色とりどりの奇抜なデザインの服を見ると踊りたくなる、そんな感じだった。
 暫し商品棚から服を取り出してはしまい、取り出してはしまいを繰り返して服を見ていると、真剣に選んでいた巴が「あ、これ良いかも」とある服を手に取る。
 「その服……、何だか変わってるね」
 巴が手に取った服、それは白いTシャツに目玉焼きだけがプリントされた、癖のある服だった。
 「こういうの、好きなの?」と雅。
 「ううん。特に好きではないけど、何だか私の感性に響くなぁって」
 「なるほどね。ーーところで、値段は……」
 雅が、巴が持っている服についている値札を見て、「えー⁉」と声をあげる。
 「ちょちょ……、声がでかい」
 「ごめんごめん」
 巴に注意され、雅が軽くペコペコと頭を下げる。
 「いくらしたの?」
 「……一万」
 「いぃちぃまぁん⁉」
 今度は巴が声をあげると、雅が口の前でシーと音を立てる。
 「ごめんごめん。――どっしようかなぁ」
 「買ってあげるよ」
 「え、良いの?」
 「欲しいんでしょ?」
 「え、あ、まあ」
 生返事を巴が目線を彷徨わせながら言うと、雅が彼女の持っていた服を手に取り、中央のレジに向かう。
 レジ回りもなかなか商品が多く、目の休めるところがあまりなかった。
 「お会計はーーです」
 女性スタッフが慇懃に言うと、雅が二つ折りの財布から福沢諭吉が描かれたお札を一枚取り出し、青いトレイに入れる。そして、小さなポケットから小銭をいくつか取り出してそれも青いトレイに入れる。
 それらを女性スタッフが回収し、レジの引き出しを開けてそこからお釣りを手に取る。そして、同時にプリントされてきたレシートを切り取ってから、それらを雅の手元に置く。
 会計を済ました二人は荷物を持って、廊下を少し歩いた先にある木造のベンチに座る。ベンチの隣には観葉植物が置かれており、「自然を感じられる~」と巴がよく分からない言葉を発し、雅が苦笑いしていた。
 「どこ行く~?」
 巴がフロアマップを見ながら言う。
 「水族館?」と雅。
 「水族館かぁ~。じゃっ、そこに行こ」
 二人はショッピングモールの奥へと歩き、そこからエスカレーターで四階へと上がった。
 
 
 
 夕方になるかならないぐらいの時、二人は駅前にいた。
 「また明日~」
 巴が駅とは逆方向に歩きだそうとすると、「あのさ」と雅が話し出す。
 「ん?」
 「……やっぱ何でも無い」
 雅が少し恥ずかしげに言うと、巴は「なら良いけど」と少しだけ首を傾げた。
 「じゃあ、また明日」
 「うん。また明日」
 二人が駅で別れ、互いに手を振る。
 
 その二人の姿を、夕日が優しく差していた。
 
 
 
 

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