消えてしまった私の恋。
2019年8月13日
「やっぱ図書室って涼し~」
うちの学校にある図書室の横に併設されている学習室で、巴と雅が向かい合って座っていた。
なぜ図書室にいるかと言えば、図書委員でもある雅が仕事だったからという。図書委員は夏休み中、一回は仕事が回る為、昨夜、彼がそのことについて何気ない会話の中に混ぜた。すると、巴が『暇だから行くよ!』と前向きな返事をし、今日雅が図書室で仕事を熟していると、彼女が来た次第だった。
「ほら、勉強しなよ」
雅が木製のテーブルに転がったシャーペンを巴の近くに置く。
「えぇ~……、課題面倒臭いし」
「やらないと、夏休みが終わっちゃうよ」
「大丈夫だよ~。そう簡単に夏休みは終わらないし」
「……そんなことを言っていると終わるぞ」
呑気に欠伸をする巴を横目に、雅は「ちょっと仕事してくる」と言い残し、学習室の透明な扉を開けて、図書室の方へ向かって行った。
図書室は名門校という看板を背負っているからか、なかなかの蔵書の数だった。そもそも図書室はあんまり広くなく、どちらかというと狭く感じるのだが、奥まで続く本棚のせいで圧迫感を受け実際より狭く感じていた。
「あ、ちょっとこっち来て」
男性の司書に手招きされ、手前にある机より更に奥のカウンターに向かう。
「これ、元の場所に戻して欲しいんだけど」
司書――本谷という、少し顔がふっくらとした男性がカウンターに本を置きながら言う。
「分かりました」
そう言い、雅がその本を受け取ると、「持とうか?」といきなり隣から声が掛けられる。
その隣を見ると、そこには学習室にいた巴だった。口の端を上げて笑っていた。
「え? 大丈夫だけど」
「そう? 何か手伝おうかなぁって」
本の片付けをする雅についてきながら巴が言う。
やがて全ての本を元の位置に戻すと、巴が「なにこれ」とある棚から本を取り出す。
「……? それ、『星の王子さま』じゃん」
巴が手に取った本――サン=テグジュペリの『星の王子さま』を見て雅は言う。
「星の王子さま?」と巴が首を傾げる。
「え? 知らないの?」
「タイトルぐらいは知ってるんだけど、内容はまだ……」
「そうなんだ……」
「どんな内容なの?」
「うーん……。ファンタジーもので、児童文学の小説って感じだから、内容としてはや優しい感じ」
「そうなんだ」
そう言い、巴は元の位置に本を戻した。
スッ、という音が静寂な図書室に響かせた。
「うわー、もう分かんない」
巴が机に突っ伏す。
あの後、司書の本谷から『何も仕事がないから自由にしてて良いよ』と言われ、二人で学習室に戻っていた。
そして、雅は巴に夏休みの課題を教えていたのだが……。巴は、入学当初は頭がよかったものの、一学期後半になれば急に学力がダウンし、期末試験では赤点ギリギリの点数を取るまでに落ちこぼれていた。
(……まあ、原因は僕と巴の恋だと思うんだけどね)
入学当初からずっと頭が良いことを維持してきた雅がそう思いながら、腕を枕にする巴を見る。
「分かんない状態だと、いつまでも分からない状態になるよ」
雅が(巴にとって)少しきつく言うと、巴がぷくーっと頬を膨らませる。
「良いなぁ、雅くんは。頭が良いから課題なんてすぐに終わらせられる」
巴が羨ましげに雅を見つめる。
「そんなことはないよ。僕だって、苦戦した課題があるんだから」
「どんなの?」
「うーんっと……、確か、数学……だったけな」
「今やってるもの?」
巴が机に広げてあるテキストを目線で指す。乱雑な字によって書かれた数式が並んであった。
「そうそう」
「そんなー。出来そうな頭してんのにー」
悔しく聞こえる声を巴が出すと、雅がふふと笑う。
「最初僕も問題を見て分からなかったよ。こことか、ほら」
そう言いながら、彼は三角関数の問題を指す。sinやらcosやらと書かれていた。
「三角関数かぁ……。ここ、みんな解けなさそうだもんなぁ」
「最初はね。ただ、慣れてくると大体は分かってくるよ」
「そう?」
「うん」
「……ええい‼」
巴が課題を宙に飛ばす。勢いのあまり、雅に課題が直撃する。
「何すんのさ……」
雅が困惑しながら言う。
「なんか、雅のそんな話を聞いてたらムシャクシャしちゃって」
「……君なんか変わってるな」
「何か言った?」
口の端を上げる巴に、雅は「いいえ」と首を横に振る。
「ま、とりあえずこの課題を終わらせないと」
そう言って、彼女は彼に教わりながらシャーペンを進めた。
「……あ、そうだ」
帰り際、図書室を出ようとした時に雅が思い出したように言う。
「どうかしたの?」
「数日経った後にさ、この地域で花火大会が行われるみたいなんだけど、行く?」
「行くよ」
「じゃあ、帰ったら連絡をするよ」
「おっけ~」
二人は図書室の中を差し込む夕日を背中に、図書室を出た。
「やっぱ図書室って涼し~」
うちの学校にある図書室の横に併設されている学習室で、巴と雅が向かい合って座っていた。
なぜ図書室にいるかと言えば、図書委員でもある雅が仕事だったからという。図書委員は夏休み中、一回は仕事が回る為、昨夜、彼がそのことについて何気ない会話の中に混ぜた。すると、巴が『暇だから行くよ!』と前向きな返事をし、今日雅が図書室で仕事を熟していると、彼女が来た次第だった。
「ほら、勉強しなよ」
雅が木製のテーブルに転がったシャーペンを巴の近くに置く。
「えぇ~……、課題面倒臭いし」
「やらないと、夏休みが終わっちゃうよ」
「大丈夫だよ~。そう簡単に夏休みは終わらないし」
「……そんなことを言っていると終わるぞ」
呑気に欠伸をする巴を横目に、雅は「ちょっと仕事してくる」と言い残し、学習室の透明な扉を開けて、図書室の方へ向かって行った。
図書室は名門校という看板を背負っているからか、なかなかの蔵書の数だった。そもそも図書室はあんまり広くなく、どちらかというと狭く感じるのだが、奥まで続く本棚のせいで圧迫感を受け実際より狭く感じていた。
「あ、ちょっとこっち来て」
男性の司書に手招きされ、手前にある机より更に奥のカウンターに向かう。
「これ、元の場所に戻して欲しいんだけど」
司書――本谷という、少し顔がふっくらとした男性がカウンターに本を置きながら言う。
「分かりました」
そう言い、雅がその本を受け取ると、「持とうか?」といきなり隣から声が掛けられる。
その隣を見ると、そこには学習室にいた巴だった。口の端を上げて笑っていた。
「え? 大丈夫だけど」
「そう? 何か手伝おうかなぁって」
本の片付けをする雅についてきながら巴が言う。
やがて全ての本を元の位置に戻すと、巴が「なにこれ」とある棚から本を取り出す。
「……? それ、『星の王子さま』じゃん」
巴が手に取った本――サン=テグジュペリの『星の王子さま』を見て雅は言う。
「星の王子さま?」と巴が首を傾げる。
「え? 知らないの?」
「タイトルぐらいは知ってるんだけど、内容はまだ……」
「そうなんだ……」
「どんな内容なの?」
「うーん……。ファンタジーもので、児童文学の小説って感じだから、内容としてはや優しい感じ」
「そうなんだ」
そう言い、巴は元の位置に本を戻した。
スッ、という音が静寂な図書室に響かせた。
「うわー、もう分かんない」
巴が机に突っ伏す。
あの後、司書の本谷から『何も仕事がないから自由にしてて良いよ』と言われ、二人で学習室に戻っていた。
そして、雅は巴に夏休みの課題を教えていたのだが……。巴は、入学当初は頭がよかったものの、一学期後半になれば急に学力がダウンし、期末試験では赤点ギリギリの点数を取るまでに落ちこぼれていた。
(……まあ、原因は僕と巴の恋だと思うんだけどね)
入学当初からずっと頭が良いことを維持してきた雅がそう思いながら、腕を枕にする巴を見る。
「分かんない状態だと、いつまでも分からない状態になるよ」
雅が(巴にとって)少しきつく言うと、巴がぷくーっと頬を膨らませる。
「良いなぁ、雅くんは。頭が良いから課題なんてすぐに終わらせられる」
巴が羨ましげに雅を見つめる。
「そんなことはないよ。僕だって、苦戦した課題があるんだから」
「どんなの?」
「うーんっと……、確か、数学……だったけな」
「今やってるもの?」
巴が机に広げてあるテキストを目線で指す。乱雑な字によって書かれた数式が並んであった。
「そうそう」
「そんなー。出来そうな頭してんのにー」
悔しく聞こえる声を巴が出すと、雅がふふと笑う。
「最初僕も問題を見て分からなかったよ。こことか、ほら」
そう言いながら、彼は三角関数の問題を指す。sinやらcosやらと書かれていた。
「三角関数かぁ……。ここ、みんな解けなさそうだもんなぁ」
「最初はね。ただ、慣れてくると大体は分かってくるよ」
「そう?」
「うん」
「……ええい‼」
巴が課題を宙に飛ばす。勢いのあまり、雅に課題が直撃する。
「何すんのさ……」
雅が困惑しながら言う。
「なんか、雅のそんな話を聞いてたらムシャクシャしちゃって」
「……君なんか変わってるな」
「何か言った?」
口の端を上げる巴に、雅は「いいえ」と首を横に振る。
「ま、とりあえずこの課題を終わらせないと」
そう言って、彼女は彼に教わりながらシャーペンを進めた。
「……あ、そうだ」
帰り際、図書室を出ようとした時に雅が思い出したように言う。
「どうかしたの?」
「数日経った後にさ、この地域で花火大会が行われるみたいなんだけど、行く?」
「行くよ」
「じゃあ、帰ったら連絡をするよ」
「おっけ~」
二人は図書室の中を差し込む夕日を背中に、図書室を出た。