もう誰にも恋なんてしないと誓った
 耳を痛めた振りをしたのは、こちらが軽々しく発言した、その言葉尻を捕まえてられて、立場を逆転させない為なのね。


 貴族特有の腹の探り合いを、父は本当に苦手だと常々言っていたから、こちらから仕掛けてうまくいくの?


 そんなわたしの心配を余所に。
 しばらくして、やはり話し出したのはオースティン様で、現当主の侯爵閣下ではなかった。
 閣下はもう、ご自分でオースティン様にお任せすると決められているようで、固い面持ちで唇を引き締められていた。


「ご体調のすぐれない伯爵様とお嬢様にお時間を取っていただくのも申し訳ありませんので、手短に申します。
 御家からの告発、確かに受け取らせていただきました。
 内容を精査した上で弊家と致しましては、これを全面的に認め、ご請求された慰謝料を早急に全額お支払いさせていただく所存でございます」


 まさか全てをお認めになるとは思ってもみなかった。
 キャメロンとアイリスの密会も目撃したのはわたしだけで、他には証言者も居ない。
 事実無根だと拒否されてしまう可能性もあった慰謝料も、全額お支払い下さるなんて……


「この度の一件を受け、近く父が退くこととなりました。
 提出した譲位届が受理された暁には、私がサザーランドの跡を継ぎます。
 後日、弁護士を通して正式な謝罪と支払誓約書を用意致しますので、私の名の下に責任を持って、ことに当たらせていただくとお約束致します」


 オースティン様が力強く、約束をしてくださった。

 こちらの言い分や要求が何の反論も無く、受け入れられたことが信じられないわたしは、フレイザー様がオースティン様のご返答をどう受け取っていらっしゃるのか、確認しようとした。

 父にも当然その返答は聞こえているので、どう答えたものか、後ろに立つフレイザー様を振り返っている。
 そして耳打ちされて、その時初めて仰られた内容を理解したという、振りをしていた。

 ……耳を痛めているなど嘘ついているのは、多分侯爵家のおふたりもご存じなのに。 


「それは……その、ありがとうございます」


 落ち着かれているオースティン様に対して、反対に父は対応に困っているように見えた。
 弁護士を通して、と仰られていた。
 これはグレイソン先生が推察された文書として残したくないから、は外れたことになる。
 じゃあ、今日はどうしてお互いに弁護士抜きでとお申し入れがあったのだろう?


「いえ、とんでもございません。
 これで愚弟の犯した罪が贖えるとは思っておりません。
 1日でも早い解決で、ただただお嬢様の精神的苦痛を少しでも和らげることが出来ましたら、と。
 改めて、謝罪を申し上げます。
 誠に申し訳ございませんでした」
 

 深く頭を下げられたオースティン様よりも、若干浅めではあったけれど、閣下も頭を下げてくださった。


 良かった、これで問題解決したと思ったのも束の間。


 オースティン様が父ではなく、わたしを見て仰った。


「少しの時間でよろしいので、お嬢様とふたりで話をするお時間を取っていただけないでしょうか?」


 
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