もう誰にも恋なんてしないと誓った

32 わたしを愛していなくても◆シンシア

「その他の女友達の皆さんとも会わなくなって、身綺麗にされて見直しました、とその侍女も言ってくれて。
 それで観劇の日にプロポーズをされたので受けたのです。
 わたしとの結婚の為に、すべての女性関係を清算してくださるとは思ってもみなかったので、とても嬉しくて。
 もしかしたら、わたしも幸せになれる、幸せになってもいいのだと夢を見ました」

「……貴女は……わたしの為に、ではなく。
 わたしとの結婚の為に、と?
 いつも貴女個人ではなく、そんな風に考えて?」
 

 オースティン様に眉をひそめられて、聞き返された。

 わたしは何か不味いことを言ったのだろうか。
 

「……それは一種の言葉のあやですから、お気になさらないでくださいませ。
 それでも、そう思っていても、やはり駄目ですね。
 お相手がマーフィー嬢だと許せなくて。
 相手が身近な人じゃなかったら、場所が学校内でなかったら、現場を見なかったら。
 後から知っても……破談にすることはなかったと思います」

「……あいつの相手が知らない女であっても、耐える必要はないのですよ?」


 耐える?……違う、オースティン様は誤解なさっている。
 わたしはそんな殊勝な女ではない。
 


「ですが、そう言うわたしにも、同様にそんな方がいて。
 ……何年も経つのに、ちゃんと吹っ切れていなくて。
 普段は思い出さなくても、少し苦しいことがあると、思い出してしまう方がいます。
 それは一種の不貞だと責められても仕方がないのです。
 そんなわたしが、相手に誠実さを求めることなど出来ないでしょう?
 わたし達はお互い様だと、そんな狡い考えを持っていたんです」

「誰だって、ひとりふたり忘れられないひとは、いるでしょう。
 貴族同士の結婚は大半がそのようなものです。
 男だから許されて、女性だから許されない、そんな考えはおかしいと思います。
 それに、現状で会っていないのなら……」

「わたしと出会う前に誰とも付き合っていない、誰のことも好きになっていなかったひとは、結婚後にもし本当に想う相手が出来たら、どうなるかわからない。
 聖人君子の夫が欲しかったのではないのです。
 キャメロン様なら、わたしとの結婚にそれなりの価値を見いだしているキャメロン様なら。
 例え他に好きな人が出来たとしても、それなりに大切にしてくれると思いました」

「……」

「わたしに恋をして結婚したのではなくても。
 そのまま変わらず、わたしを愛していなくても。
 ハミルトンの婿であることを、大事に考えてくれると思ったんです」


 言い出せば止まらなかった。
 わたしを慰めようとしてくれたオースティン様の言葉を遮った。
 何かに憑かれたように、わたしは話し続けた。


 涙は出なかった。
 良かった、人前で泣いて語るような話ではない。


 言い訳に、そのひととは離れるしかなかった運命だったとか大層なことは言いたくない。
 わたしは運命に抗う為に精一杯戦った、勇敢で健気な悲劇のヒロインではない。


 ただ恐ろしくて、そこから逃げ出した臆病者だっただけ。

 
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