もう誰にも恋なんてしないと誓った
 エディの言葉をわたしに伝えるのを、オースティン様は悩まれたと思う。
 それこそ、なんと口の軽い、と。


 それを恐れずに、わたしに伝えてくれた。
 レイドからは何ひとつ聞くことはなかった、あの日以来のエディの言葉だ。


 自分に向けられた言葉ではないのに。
 わたしに言ってくれた言葉のように。
 胸が震えた。



『覚悟は出来ている』


 その言葉の重みを。
 それだけを口にしたエディの瞳を。
 想うだけで、身体が震えた。



 それでわかった。
 わたしにはやはり、まだ早かった。
 焦らないとアイリスには言ったくせに、焦っていた。


 言葉ひとつで、こんな気持ちになるのなら。
 お互い様なんかじゃない。
 こんな想いを抱えたままで、わたしは……

 わたしはキャメロンに、本当に申し訳ないことをした……



    ◇◇◇


 泣いた自覚は無かった。

 オースティン様が差し出してくれた濃紺の絹のチーフをわたしは断った。
 先程、閣下が渡してくださったチーフをまだ握っていたからだ。



「世界中何処に行っても、と流石には言えませんが、この国でなら、私なら貴女をお守り出来ると思ったのですが」

「……それはわたしもそう思います。
 オースティン様なら口に出されたことは必ず守ってくださると。
 ですから本当にありがたく思うのですが、申し訳ありません。
 今のわたしでは、同じことを繰り返してしまうと気付きました。
 しばらくはひとりで」

「そうですか……貴女とならわかり合える、分かち合えると思いました。
 あの弟夫婦とは、この先絶対に顔を合わせることはないと申し上げても、義理の兄弟になるのは我慢出来ないことでしょう」


 仰った通り、例え一生顔を合わさなくても、キャメロンとアイリスの義理の兄弟になるのは嫌だ。
 だけどそれより何より。
 

 オースティン様とわたしは共に家を継ぐ後継者だ。



 わたしが子供を2人産めばいい。
 上の子を侯爵家、下の子を伯爵家の後継にすれば解決すると。


 だがそれは、まだ未定の話だ。
 わたしが2人産める保証はない。
 母はわたしが生まれる前に、初期で子供を喪っている。
 わたしの下の子も流れてしまった。

 母親の体質が娘に遺伝すると決まっているわけではないけれど。
 もし、子供がひとりしか産めなかったら?
 サザーランドへ嫁げば、優先されるのは当然、侯爵家になる。

 
 そう考えると、第一にハミルトンを考えてしまうわたしには、オースティン様の求婚を受ける資格はない。





「右手には特権を、
 左手にはそれに伴う責任を、ですね」


 無意識だったのだろうか。
 自分の左の掌を見ていたことにも気付かなかったわたしに、オースティン様が声をかけられた。


「王族教育で最初に教えられるのがそれだと、アルバート殿下から伺いました」


 

『僕達は生まれながらに、
 右手には特権を、左手にはそれに伴う責任を握っている』


 今もわたしの手の内にあるそれを、教えてくれたのはエディだった。


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