もう誰にも恋なんてしないと誓った
 グレイソン先生が引退されて、法律事務所を引き継がれたのはハリー・フレイザー様だった。
 ハミルトンの顧問もそのまま彼が引き継いだ。

 事務所の名前は変えずにいたので、フレイザー様は『グレイソンの若先生』と呼ばれるようになった。



「伯爵様がお嬢様に譲位をされる時には、必ず立ち会いますから」

「何十年後の話だ、まだまだ俺は元気だぞ」


 それこそ、まだまだお元気なグレイソン先生が引退されるのは、奥様のご出身の湖水地方に邸を購入されたからだ。
 これからは釣り三昧の日々を送られると言う。


「何十年後等と言わずに、お元気な内にお好きなように生きるのも、悪くありませんよ」


 父は今までずっと第一に領地のことを考えて、自分のことは後回しだった。
 グレイソン先生のお別れのご挨拶で、何か思うところがあったのだろうか、時折母と何事か話をしているのを見かけた。



 わたしが学院を卒業して、少しずつ父の仕事を手伝い始めた頃から、ワインの注文が急激に増えた。

 相手は新規の商会で、注文量に不安を感じた若先生がその商会を調べると仰った。
 弁護士のお仕事に取引相手の調査等含まれていないので、申し訳なく思い、そう言うと。


「差し出がましいのは、承知しているのですが。
 以前からの取引先なら気になりませんが、新規ですから。
 急に取引停止になる恐れもあります。
 時間はかかるかもしれませんが、直ぐに応じるのは待っていただけませんか」

「畏まりました、そのように致します。
 調査にかかった費用等は、必ず請求なさってください」


 取り敢えず今は、御礼だけを言えばいいのかもしれないが、始めに費用の話をしてしまうのが貴族らしくなく、わたしの悪い癖だと思う。
 お金の話を先ず口にするのではなく、もう少し柔らかく、何とか出来ないかと自己嫌悪に陥ることも多い。

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