きみと、境目の停留場にて。
「とりあえず、休もうか」

「どこ行くの?」

「あそこ。
きみの記憶の断片から創られた場所」



いまだ、座り込んだままの彼女に手を差し出して、引っ張り上げ


そのまま、あぜ道を歩く


見えたのは、田舎町でよく見かけそうな古民家




「……ここ、知ってる」

「だろうね。ここは、きみの停留所
きみの記憶で出来ている場所だから」




縁側に吊るされた風鈴が
涼しげな音を響かせる

い草と、蚊取り線香が混ざったような香り

整えられた庭先に咲いているのは、ひまわり


夏の記憶だと、見て取れる




「顕在意識で認識できていなくても
無意識で認識していたり
断片的に浮き出た記憶の欠片を捕まえて」


本人が覚えていなくても
強い思いや、記憶が魂に刻まれていたりする

それを、この空間は読み取って
自身に投影する




「きみが居やすいよう
過ごしやすいように、空間が形を変える」

「よく解らないけど、すごいんだね」

「ほら、布団もある。少し横になるといいよ」



室内を見てまわって
押し入れから発見した布団を敷けば
言われた通りに、彼女はそこに横になった



「……………ここ、ほっとする」

「慣れ親しんだ場所だろうからね」



はっきりと思い出せなくても
匂いや感触、音
感覚的に覚えているものもあるだろう



「……管理人さん」

「なに?」

「……………そばに、いてね」

「うん」



わずかばかりでも
安堵できる場所を見つけた彼女は
緊張と不安の糸が緩んだのだろう

うつらうつらと舟を漕ぎ出した


眠りに落ちる寸前に
控えめに俺の手を掴んでそう言うと
そのまま、静かに瞼を閉じた



「……さて。今回はどうなることか」



あどけない寝顔を眺めながら
ぽつりと呟いた独り言は
チリンチリンと静かに鳴り響く風鈴の音に搔き消された
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