きみと、境目の停留場にて。
「……」


あれから、彼女は眠ったまま



……難儀だなぁ



順調に記憶を取り戻しているかと思えば
急にブレーキがかかったように
記憶から遠ざかる

いっぺんに思い出し過ぎて
魂に負荷がかかってしまうのか

なにかしらの核心に迫る記憶だからなのか



「きみは
どんな人生を歩んできたんだろうね」



思い出しかけた記憶は
痛い記憶か、苦い記憶か、辛い記憶か

なんにせよ
あまり、良いものでないのは確かなんだろう



「……嫌な記憶だとしても、思い出したい?」



忘れ去りたいと願ったものであったとしても
きみは、思い出したい?



「……………うん」



ぼんやり景色を眺めながら
呟いた独り言に、返事があって

少し驚きながら
声のした方へ顔を向ければ
寝ぼけ眼の彼女が、布団に横になったまま
俺を見ていた



「それでもいいの。思い出したい」

「どうして?」

「痛いのも、苦しいのも、全部
私のものだから」



「それがあったから
幸せを知ることができたから」




そう口にする彼女の脳裏には
きっと、先程思い出した家族と過ごした時間が
流れているのだろう




苦しみや悲しみ、怒りや痛み、寂しさ

欲望、羨望、妬み、嫉み、憎しみ、怨み


そういうものがなけれは
そういうものを知らなければ

不幸や絶望を知らなければ
幸福や希望は見いだせない


切っても、切り離せないもの

どちらもなくてはならない。必要なもの




………ここを訪れた人は
みんな、似たようなことを言う




「きみは強いね」



頭では理解しても、頷ける部分はあっても
自分なら、そんなもの
死んでから、また味わいたいとは思わない

痛い記憶なら
思い出さないままでいたいものだけど



「へへ」



称賛の言葉を向けられ
彼女は照れたように笑うと、また眠りについた
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