きみと、境目の停留場にて。
最初の頃は、心細くて
俺の傍を離れなかった彼女だけれど

少しずつ、少しずつ、自分の記憶を思い出し
この場所に慣れてからは

積極的に
ひとりで家の外を出歩くようになった


望めばなんでも現れ、創れるこの場所


どうやら本来
好奇心旺盛で活発
何事にも前向きな性格だった様子の彼女は

落ち込んだり、不安になって
記憶を探すよりも
せっかくならば
楽しんで記憶を取り戻したいと

見たかったものや
行ってみたかった場所を思い描き

色んなものを見聞きし、触れ合い
満喫しながら、記憶探しを実行中だ



彼女の停留場は、朝、昼、夜と
日々、規則的に変化した


彼女は朝方に外に出かけ
夕方頃に家へ帰ってくる


そして、帰ってくると
真っ先に俺の所へやってきて
その日、あった出来事を報告してきた


嬉しそうに、楽しそうに、無邪気に話す


この場所にいる人間が
俺だけというのもあると思うけど

彼女はとにかく、俺を知りたがった

俺がどんな性格で、どういう人なのか
ここでの生活や、出来事
今まで俺が出会った人達のこと

飽きることなく、毎日のように
質問を浴びせてきた

俺の事を知ったって
何の面白味もないのに、話を聞きたがった


それは、今日も変わらず



「色んなものが見れて、行けるのに
管理人さんは楽しくないの?」

「感心したりはするけど
楽しいって感覚はないかな」

「楽しくないの?なんで?」

「そういう感情が、思い出せないから」



俺は俺自身に関する記憶がない

喜怒哀楽の感情も、知識としてしか
解らない


管理人である俺は
ある程度、彼女達の影響を受ける

同じ空間にいるから
彼女達の感情が流れ込んでくることがある


楽しい、苦しい、痛い、嬉しい、寂しい


だから、
今流れ込んできてるこれは
こういうものかと
彼女達を見て、理解はできる

けれど、それはあくまで彼女達のもの

俺自身が感じているものじゃないから


自分自身のそれを
生きていた時に感じていたそれを
心音や体温と同様に
はっきりと思い出せない



「思い出せないんじゃなくて
そもそも、知らないのかもしれないね」



生前の俺は
そういうものと無縁だったのかもしれない



「じゃあ、私
来世は管理人さんのお嫁さんになってあげる」

「うん?」


急に話が斜め上に飛んだ

首を傾げる俺に
彼女はどこか誇らしげに胸を張り
ふふんと笑った


「楽しいを知ってる私は
管理人さんより先輩だから!」

「そうなの?」

「そう!たくさん知ってるもん」

「すごいね」

「楽しいことも、嬉しいことも
いっぱいあるんだよ」

「そっか」

「ここのは全部つくりものだけど
今度は一緒に本物を見に行こう!」


「たくさん遊んで、色んなとこに行って
一緒なら、もっと楽しいよ」


「私が管理人さんを連れていってあげる」


来世があるのが当然のように
わくわくしながら話す彼女

なんの不安も恐怖も感じさせず
ただただ純粋に、期待に胸を踊らせている


「そっか、ありがとう
楽しみにしてる」


適当な言葉で受け流す


彼女だけなら、その未来は有り得るだろう

けれど、俺には無理だ

俺は自分の記憶も、感情も
思い出したいとは思わないから

自分の行き先なんて
見えもしないし、想像もできない

だから、このまま永遠に
ここで過ごしたって構わないと思ってる



だけど



「約束」



そう言って、差し出された左手の小指


返した言葉を疑いもせず
嬉しそうに笑顔を浮かべてる彼女

そんな彼女をじっと見つめる


「うん」


無邪気な笑顔と、純粋な好意を俺に向ける
そんな彼女の気持ちを、無下にはできなかった


作り笑いを浮かべながら
守ることの出来ない約束を交わした
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