クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
 食べながら何度も素直にそう感想を伝えれば、海雪は照れて『大げさです』とはにかんだ。

 その笑顔を思い出し再びきゅんとしたまま「なあ、海雪」と頬を緩めた。

「なんですか?」

 妊娠九か月が近くなり、さらに大きくなったお腹を撫でながら海雪は小首をかしげる。俺はお腹のかわいいちゃんにも「ただいま」と告げながらなんでもないことのようにさらりと口にする。

「あのな、頬でいいから、帰宅したときキスしてくれないか」
「え」

 海雪が目を瞬いた。長いまつ毛が瞳の上をなんども上下するのがはっきりわかるくらい、俺はその目をじっと見つめてしまう。見え隠れする美しい虹彩。

 ついつい見惚れてしまう先で、海雪の頬がはっきりと真っ赤になっていく。

「な、なななななんで」
「なんで?」

 俺は海雪の頭をぽんと優しく叩き、耳に髪をかけてやり、そうして頬を撫でてから赤く柔らかな唇を指の腹で押す。

「仕事に行くときはキスするだろ?」
「そ、それは、はい」
「そのときは俺からキスするんだから、帰ってきたときは海雪からしてくれ」
「でも」

 海雪は恥ずかしげに視線をうろつかせている。俺は唇を上げ、海雪のなめらかな頬をくすぐった。

「だめか? さみしいなあ」

 海雪はハッとしたように目を上げ、それから思い切ったように背伸びをして俺の頬に柔らかな唇を押し当てた。
 幸福で胸が温かい。

「ありがとう海雪。愛してる」

 そう言うと、海雪の顔がさらに赤くなる。海雪から最近「愛してる」はかえってこない。いままでの「愛してる」と海雪の中で意味が明確に変わったのが嬉しくて嬉しくてたまらない。

 だって、と。
 海雪と唇を重ねる。少し湿った愛おしい体温。甘噛みして離せば、海雪の唇がわなないた。少し下がった眉に、潤んだ瞳、これでもかと赤い頬。確実に俺を意識している海雪が、くるおしいほど愛おしい。



 それから少しして、初夏と梅雨の合間ごろ、海雪が正産期に入った。

 正産期とは、妊娠37週から41週の、母体にも胎児にも負担の少ない出産の期間を指す。つまりいつ生まれても構わないし、いつ生まれてもおかしくない時期ということだ。
 そうなると俺はかなりそわそわしてしまう。

「お気持ちはわかりますが、天城先生少し落ち着きがないんじゃないですか」

 通修先の高尾病院で看護師にからかわれる。わかってはいる。わかってはいるんだ……。
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