クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
 けれど、俺の仕事上、産気づいたときに必ずそばにいてやれるとは限らない。
 海雪は家にひとりだ。それがものすごく心配でならない。

「陣痛タクシー、登録したんですよね」
「してます」

 玄関先には入院セットも用意した。子どもがいる同僚に話を聞いたり高尾病院の助産師にアドバイスもさんざんもらった。それでも不安は尽きない。
 いざというときは高尾にも車を出してもらおう。そう思いながら昼食を胃に詰め込んでいると、ふとデスクの上でスマホが震えた。

「海雪」

 最愛の妻からのメッセージに、頬をゆるゆるにしてしまいながらロックを解除する。

『伝えたいことがあるんです』

 そんな文言に、内心首をひねる。

『どうした?』

 そう返せば、直接言いたいのだとすぐに返信がある。

 かわいらしいスタンプも送られてきて、マイナスな内容ではないとわかってほっとした。

 もしかしたら、お腹のかわいいちゃんの名前のことかもしれない。なにしろいまだに名前が決まっていないのだ。俺はごくんと握り飯を嚥下し、ペットボトルのお茶を飲み干して立ち上がった。

 車の件をつたえるため、本館の高尾の執務室へ向かう。
 執務室には高尾は不在だった。かわりに大井毅がいた。むっと眉が寄りそうになるのを耐える。

「申し訳ないです、午前診が長引いているみたいで」

 書類整理をする手を止め、律儀に大井は立ち上がって頭を下げる。

「いや、すまない。また改める」

 そう言って踵を返した背中に、「天城先生」と大井が声をかけてくる。

「なんだ?」
「こんなことを言っては失礼にあたるのかもしれませんが……」

 硬い声に眉を上げ、振り向いて対峙する。

「なにか言いたいことがあるのか」

 大井は頷き「海雪……さんのことで」と唇を動かす。呼び捨てにしかけただろう、とつっかかりはしなかったが、肋骨の奥で一瞬で嫉妬が熾火となる。

「海雪の?」

 そう答える声は、平素より少し低いかもしれない。嫉妬しているなんて大井には気取られたくなく、俺は頬を緩めて彼をみつめる。

「はい」

 大井は微かに眉を寄せたあと、そこからはほとんど表情を変えずに唇だけを動かした。

「先生は、本当に海雪さんを大切に思ってくださってるんですよね」
「当たり前だ」

 即答した。大井は表情を変えない。

「母が……海雪さんと仲がいいんですが」
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