クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
 俺は彼の母親が幼少期の海雪の世話係だったのを思い出しながら頷いた。

「最近連絡をとったところ、海雪さんは焼き菓子を量産している、と」
「……それがどうか」

「海雪さんは、不安があると焼き菓子をひたすら焼くんですよ」

 俺は目を見開き、家の甘い香りを思い返した。
 優しい、焼き菓子の香りを。

「それくらいも知らないんですね。夫のくせに」

 緩慢に大井の目を見返す。

「……これから知っていけばいいだけのことだ」

 言いながら、言い訳がましいかもしれないと内心唇を噛む。大井は俺の言葉を意に介さず、淡々と続ける。

「海雪さんがあなたとの結婚生活に不安を抱いているのなら」

 大井は俺のそばまで来て、じっと俺を見つめる。

「おれ、もう遠慮しません。――海雪、おれがもらいます」
「やらん」

 間髪入れずにそう答え、大井を睨みつけた。大井は相変わらず表情を変えないまま「そうですか」と淡々と言い、執務室の扉を開く。

「用事があるので出ます。天城先生はこのまま待たれますか」
「……いや」

 そう答え、大井とともに部屋を出たところで、ちょうど高尾と鉢合わせした。

「天城、どうした?」
「いや、海雪のことで」

 そのまま執務室の前で海雪を産院に送る手はずについていくつか話し、エレベーターホールに向かう。

 大井の言葉に、胸の奥がひりつきざわついていた。海雪は不安なのか?

 海雪は、たしかに俺を意識してくれてはいる。
 けれどまだ、はっきりとした恋情を向けてくれたわけではない。初めて直接向けられるであろう恋情に戸惑っているだけという可能性だって、十分にある。

 それが負担で、不安を抱いているとすれば。

 これで、もし……もし、大井が。幼少期から、唯一の友達であった大井から同じように感情を向けられていると知れば。

 大井のことも、意識してしまうのではないだろうか。

 そして気心の知れた大井になら、不安なんか抱かずその感情を受け入れることができるのではないか。
 いや、すでに意識してしまっているのではないか。それでさっきのメッセージを送ってきたのでは。
 伝えたいことって、なんだ?
 ……背中がぞっとした。

 同時に「飛躍しすぎだ」とも思う。

 ふうう、と大きく息を吐き出しながら感情を落ち着かせた。

 まったく、俺は海雪のこととなると思考が暴走する。
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