クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
 ほっとして、足から力が抜ける。がたん、とドア横の棚に手が触れてしまった。

「ん……?」

 海雪の、寝ぼけたかわいらしい声がする。
 廊下の電気が差し込む薄暗がりのなか、海雪が目を覚ましたのかわかった。カーテンの向こうに、早朝の、青くしんとした光があるのがわかる。

「あ、おかえりなさい、柊梧さん。お仕事、お疲れさまでした」

 清廉な青い光のなか、海雪が微笑んだ。
 海の中にいるみたいだ、とふと思った。
 海の底で、マリンスノーみたいに積りに積もった感情を、俺はただ口にする。

「行くな」
「……え?」
「行かないでくれ。愛してる。誰よりも、君を……」

 海雪がベッドの上で半身を起こし、じっと俺を見ている。

「どうか死ぬまで俺のそばにいて」

 俺の言葉に、はっと海雪が息を呑んだ。それから眉を下げ微笑む。

「……いていいって、言ってくれたじゃないですか」

 海雪がベッドを抜け出し、俺のそばまでやってくる。そうして俺の手を引いて、ベッドに座らせた。されるがままの俺の頬に、彼女はそっとキスを落とす。帰宅時そうしてくれと俺が頼んだとおり、約束したとおり。

 そうしてひそやかな、慈しみたっぷりの声で「おかえりなさい」と俺の目を見て告げたあと、そっと口を開いた。
 とても大切なことを告げるように。

「大好き。愛してます、柊梧さん」
「っ、海雪、俺は」

 家族としてだけじゃなく、君に男として愛されたい。必要とされたい。
 そう言いかけた俺の唇に、押し当てられるように海雪の唇が重なった。

「私も」

 唇の皮一枚触れ合ったまま、海雪が言う。

「私も、そう思ってます。女として愛されたいって……愛されて嬉しいって」
「海、雪」
「どうしましょうね、私、あなたに恋しちゃいました」

 そう言って微笑む海雪を、大きなお腹ごとぎゅっと抱きしめる。
 指先が震えていた。海雪の背中を何度も撫でる。心臓がどくどくと高鳴って、腕の中にいる最愛の体温とか柔らかさとか、そんなものだけをただ感じる。
 言葉なんかなんにも出てくれない俺に、海雪は続けた。

「伝えたいことって、このことだったの。伝えるのが遅くなって、ごめんなさい」

 俺はなにも言えないまま、ただ首をゆるゆると振る。

「あの、ですね。柊梧さんに恋したの、多分……もっと前からです。気が付いてなかったけど」
「前?」
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