クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
 運転席から手を伸ばされ、しゅるりと締められるシートベルト。

 吐息さえ届きそうな眼前に、柊梧さんの整ったかんばせがある。
 かっこよすぎて、いつまでも見慣れない。そんなふうに思いながら、気が付けばじっと見つめてしまっていた。

 ばちりと視線が絡む。慌てて目を逸らそうとした私の名前を、柊梧さんはくすぐるような声音で呼ぶ。

「海雪」
「っ、な、なんでしょうか」

 緊張まるわかりの私に対し、彼はふっと力を抜いて微笑むと、そっと私のこめかみに唇を押し付ける。

「え……っ」

 頬に熱が一気に集まる。何度も目を瞬き彼を見れば、柊梧さんは目を細めて笑った。

「悪い、海雪がかわいくて」

 そう言いながら私の頬を指で撫でる彼の指先がほんのりと冷たいのは、私の頬が熱すぎるせいだろう。

「か、かわいい……?」

 顔が発火しそう。鼓動は鼓膜の横にあるんじゃないかと思うほどに高鳴っていた。

 どうしてだろう。
 なんでだろう。
 私の心臓は、彼といると妙に速くなる。そして苦しくて切なくて、同時にとても温かくなるのだ。
 それが、どんな感情に由来するものなのか、私には……まだ、わからない。

 小さいころから、私はただ「家のため、政略結婚をするため」育てられた。私もそれに不満を抱いたことはない。

 だって、当たり前だ。
 私の母は、父の愛人だった。
 ひとつの家庭を、私という存在がめちゃくちゃにしてしまったのだ。
 どれだけ償おうと、償いきれない。

 だから私は、小さなころから父と義母に言われたとおり、いつかは政略結婚するという未来を受け入れてきた。そのために、厳しく育てられてきた。

 自分で何かを選んだ経験は、ほとんどない。
 より良い駒になるために、よりよい条件で政略結婚するために与えられたものを、ただこなして生きてきた。

 でも、それが私にできる唯一の贖罪だったから――どれだけ厳しく、冷たく接されようと、受け入れてきた。泣くような権利は、私にはなかったから。

 なのに、いま与えられている生活は、信じられないほど穏やかで甘いもの。いいのだろうか、と時折思うこともある。ただ、私は駒として役に立ってはいるようだった。そうでなければ、政略結婚した柊梧さんがこんなに優しいはずがないもの。

 ひとりいろんな感情に揺さぶられている私を、柊梧さんはなにか眩しいものでも見るような顔で見下ろす。
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