クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
 それを教えてもらえていなかったのは、教えるまでもないと思われていたからだろうか。

 昨日、もうひとりで夕食を食べなくていいと思ったばかりだった。

 でも、大切なお仕事だ。
 気分を切り替えて、にこりと笑う。

「くれぐれも身体に気を付けてください」
「ああ」

 不愛想なほどに視線を逸らして彼はそう返事をしたあと、さらにぽつりとつぶやいた。

「もし」
「はい」
「もし、明日、君に時間があるなら……見送りに来てくれないか」

 私は目を丸くする。

「いいんです、か……?」

 柊梧さんは唇を真一文字に結んだまま頷く。眉間が寄せられているのはどうしてだろう。本当は来て欲しくない?
 戸惑う私に、彼は続けた。

「機密になっている訓練時なんかは、行く日も帰る日も教えられない。だけれど明日からの国際協力はマスコミも入るし家族の見送りも可能だ」

 家族、の言葉に少し胸が弾んだ。私、柊梧さんの家族なんだ。その感情にはやっぱり謎の切なさも包含してはいるのだけれど。

「っ、はい、ぜひ……!」

 柊梧さんが一瞬虚を突かれたかのように目を僅かに大きくした。それからふいっと目を逸らし、私に背を向け立ち上がる。

「詳しい場所なんかは携帯に送っておく。緊急の連絡がある場合は基地に……その連絡先も一緒に」

 それから一拍おいて、柊梧さんは背を向けたまま続けた。

「免許、がんばれ」

 そう言って彼は寝室を出て行く。私はころんと横になり、部屋を暗くして目を閉じた。なんだか耳の奥に彼の声が張り付いてしまったみたいに感じる。

 慣れない枕の感触。百合のかおり、居心地の良すぎるベッド……同じ家のどこかに柊梧さんがいると思うと、妙にドキドキする。いきなりがっつきはしない、って……子どもを作るときまではそういうことをしない、という意味だろうか。

「魅力、ないのかな」

 呟いてしまったあとに一人で頬を熱くする。一体なにを考えているの、私……!
 ただ、いろいろと考えてしまっている割には、やはり疲れていたのだろうか、気が付けばすとんと眠りに落ちていた。

 夢と現のあわいのまどろみ。ふわふわとした感覚のなか、ふと全身が大きなぬくもりに包まれる。

 なんだろう、これ。

 眠ったまま、私の身体は自然とその温かさに甘えるように擦り寄った。微かにびくっと動いたそのぬくもりは、ややあって私をさらに強く包み込む。
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