クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
2章
【二章】柊梧
好きな女性に素直になれない。
そんな相談を同年代の男からされれば、「お前、自分が何歳になったと思っているんだ?」と呆れかえる自信がある。
三十だ。いい大人だ。それなりの恋愛もしてきただろう――と。
問題は、その「好きな女性に素直になれない」のが俺自身だということだった。
こんな感情は生まれて初めてで、正直、もてあます。
海雪が好きすぎて辛い。
***
高校時代の同級生が副院長を務める総合病院に、救急医として通修――要は技術研修だ――で通いだしてしばらくしてのことだった。
突然副院長室に俺を呼び出した高尾雄也が『単刀直入に言う』と頭を下げた。
『すでに実家……天城会グループと完全に絶縁している君にこんなことを頼むのはお門違いだと、筋違いだと重々承知の上で、頼みがある。妹と――海雪と、政略結婚してくれないか』
俺は目を丸くして、ただ高尾を見つめた。混乱していた。
なぜなら、高尾の妹でこいつの秘書を務める海雪に、俺は目下、絶賛片想い中だったからだ。
初めて彼女を見かけたのは、この病院に来るようになって1か月ほど経ってからのこと。
ずいぶんと遅い昼食を院内のコンビニに買いに出たとき、ロビーで案内係としてお年寄りや子供や、……いや、どんな人にも親切に接する姿を見た。もちろん仕事としては当たり前なんだろう。ただ、受付間で蔓延した風邪のせいで人手不足に陥っていたところ、海雪は自分の休み返上でヘルプに入っていたのだ。
『副院長の秘書、海雪さんだっけ。動いてくれて助かるわよねー』
『いつも率先してくれるしね。気立てもいいし、素直で控えめだし。お嬢様なのにね』
『ねー。もうひとりの妹とは大違い』
『愛菜さんでしょ。美人で性格のいい海雪さんにコンプレックスでも抱いてるんじゃないの』
『そうじゃなくて、愛菜さんのほうは母親似なんじゃない。あの浪費家の院長夫人。派手な美人だけど、なんか品がないじゃない。顔もそっくりよね』
『ああ、そうね』
コンビニで弁当を選ぶ背後で聞こえた事務方の噂話をなんとはなしに聞きながら、優しく微笑む海雪の横顔をガラス越しに見つめた。
次に見かけたのは、病院の外だった。病院最寄り駅、電車を待っていた俺が立つ向かいのホームに、彼女の姿を見つけた。なぜか目が逸らせなくてじっと見ていると、ふと大きな泣き声が聞こえた。五歳ほどの女の子がひとり、風船を持ったまま泣いていた。海雪は泣いている女の子に躊躇なく話しかけた。
優しい笑顔……。
すぐに母親らしき女性が駆けつけて、海雪は笑顔でふたりを見送る。
微笑む唇に、優しく細められる大きな目に、心臓が高鳴った。