クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
 ……いや、ずっと拍動し続けていたのだ。それこそ、初めて見かけたときから。気がついたのが今になっただけ。

 けれどどう距離を詰めていいかわからない。

 向こうは俺の存在くらいは知っているだろうれど、院内ですれ違ったときに会釈するくらいしか接点はない。いきなり話しかけるのは変だろうか? いや同じ職場にいるのだし世間話程度なら……けれど、男性慣れしている雰囲気はない。かえって距離をとられても困る。困るというか無理だ。

 いっそ高尾に泣きつくか。
 そう思っていた矢先に、その高尾から受けた政略結婚の打診だった。

***

『……高尾。悪いが、事情を説明してもらっていいか?』
『そうだね』

 高尾はそう言って軽く肩をすくめ、『他言無用』といい含めてから海雪の素性を明かしてくれた。

 海雪は、院長である父親の愛人の娘だということ。

 実母の死後、政略結婚の駒にするために二歳で高尾家に引き取られ、育てられてきたということ。

 そのために通う学校も部活も全て制限され、本人の意思などひとつも反映されたことがないということ。

『友達ひとり作ることさえ、海雪は制限されてきた』

 高尾はそう言って皮肉げに笑う。

『なあ、天城。君、僕の母親がどんな人間か噂くらいは知ってるだろ』

 少し返事に迷う。
 旧財閥の令嬢で、若い頃から夜遊び三昧だったのはもちろん、形だけは高尾病院本院の役職についているものの、名目上の秘書にしている娘と報酬だけは受け取って実質仕事は一切していないという話まで小耳に挟んでいた。そんな俺を見て高尾は笑う。

『全部事実だよ。誇張なしだ』
『……そうか』

 返事をしつつ、ふと気がつく。
 そんな人間が、果たして愛人の娘をまともに育てるだろうか? と。

『妹の愛菜も、似たような人柄で……何とかしようと僕なりに手を尽くしたのだけれどね、だめだった。海雪と婚約したとしても、極力あの子とは顔を合わせないでほしい』
『どうして』
『天城、君、愛菜好みの顔なんだ。間違いなく海雪から君を奪おうとするよ』

 絶句して二の句が継げない俺に、高尾は微笑んだ。とても悲しそうに。

『僕はね、幼稚園の入試に失敗しているんだ』

 唐突な話の転換に微かに眉を上げるも、高尾は変わらぬ微笑みのまま、淡々と続けた。
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