クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
1章
【1章】
窓ガラスの向こうは、きらきらしい春の陽射しを反射する横浜の街、そしてそのむこうに広がる紺碧の海だった。
私は高級なはずのフレンチのメイン、白身魚のポワレを砂でも噛むような気分で口にした。だって気まずい。かれこれ三十分は、この部屋──高級ホテルの最上階にあるフレンチレストランの個室──に、ほぼ無言の時間が続いていた。
お見合いだというのに。
時折やってくるウェイターさんもどこか気まずげだ。なんだか申し訳なくなる私と裏腹に、目の前にいるスリーピースのスーツを着こなす端正な男性……天城柊悟さんは、優雅な仕草で白身魚を切り分ける。
お互い無言で、カトラリーの音だけが部屋に響いていた。
最初こそ、一生懸命に話題を振ったものの、そっけなく返されて会話が全く続かない。
そのうちに私のほうでも何を話せばよいのかわからなくなって、今に至る。
天城さんの、整えられた短髪がよく似合う、精悍な眼差し。すっと通った鼻筋に、意思の強そうな口元は食事以外では引結ばれている。
どう考えても、彼がこのお見合いに乗り気でないことは明らかだった。苦虫でも噛み潰したような顔、とはこのことだろう。
けれど、私も彼も、このお見合いを断ることはできないのだ。
このまま私たちは婚約を経て結婚する。いわゆる政略結婚、というものにあたるのだろう。
私はこのため……つまり政略結婚の駒にされるために引き取られ、育てられてきた。
ぼんやりと天城さんを見つめた。それにしても、天城さんと呼ぶべきか、天城先生と呼ぶべきか。
彼はドクターだ。
それも、ちょっと特殊な。
***
『海雪、お前の見合いが決まった。詳細は雄也に聞きなさい』
二十四歳の誕生日にそう言われ、私はただ頷いた。
このために育てられてきたのだから、否はない。家のために政結婚を受け入れることは、実母がやってしまった不義に対する、私ができる唯一の贖罪だ。
お見合いというよりは、結婚相手との顔合わせといったほうがいいだろう。
ただ、腹違いの兄である雄也さんから聞いたお見合い相手……いや、婚約者の名前には目を丸くした。
『天城……天城柊梧先生?』
知っている名前に目を丸くする。もっとも、天城先生のほうは私のことなんか顔すら認識していないかもしれない。
私は父が経営する神奈川県内の病院のうちのひとつで、消化器内科医でもある兄、雄也さんの秘書をしていた。
地域ではトップクラスの医療技術を誇り、市から救急指定もされている総合病院だ。
雄也さんは若くして副院長を任され、実際その期待に応えていた。まだ三十歳だというのに、すごいことだと素直に尊敬している。そんな雄也さんは私を安心させるように微笑んだ。
引き取られた高尾家の中で、彼だけは私に優しい。
『そうだよ。天城……あいつ、僕の高校の同級生なんだ』