クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
 言いかけて止まった海雪に、ぐううっと心臓を握られた気分になる。変な汗がドッと出た。『私のことを好きなんじゃないかと』と言われたらどうしようか。なにも考えつかない……!

「っ、こんなこと考えるの、烏滸がましいかもしれないのですが」
「どんな考えだろうと、烏滸がましくなんかない」

 むしろ君みたいな純粋な人間を俺みたいなやつが好きになって妻にまでしてしまって申し訳ないくらいだ……!

「柊梧さんは」
「……ん」
「私に、ここにいてもいいと言ってくださってるように感じるんです」

 海雪から出たのは、思っていた言葉とは違った。ただ、真剣なトーンに真っ直ぐに目線を返す。

「あ、安心するんです。変ですか?」
「変なわけあるか。そう思ってるんだから。……というか」

 軽く目線を動かしてから続ける。
 顔につけたベネチアンマスクが、少し羞恥を抑えてくれているのだろうか。思ったよりスムーズに言葉が続く。

「いてくれ」

 海雪が目を瞬く。

「ここに、俺の横に、いてくれ。君は俺の妻なんだろう」
「そ、それはそうですが」
「政略結婚がどうのなんか、関係ない。死ぬまで一緒だと宣誓したのは嘘か」
「っ、いえ」
「ならいいだろう」

 海雪の肩を引き寄せる。

「ここにいろ。いてくれ」

 海雪の肩が震え、それからはらはらと泣き出す。俺はただ彼女を抱きしめて頭に頬を寄せた。愛おしいと思う。どうしてこんなにかわいいのかと思う。同時に、彼女にいままで居場所はなかったのだと実感した。

 これからは俺がいる。
 俺がずっといるから、泣かないでくれ。そう思うのに言葉にならない。

 代わりに、そっと頬に手を添えて涙を親指の腹で拭う。海雪が甘える仕草で頬を手に寄せてくれたから、俺は信じられない心地で再び彼女を抱きしめた。


 泣き止んだ海雪と、ドリンクを頼んで乾杯をする。海雪はパンプキンクリームが添えられたオレンジ色のカクテルを、俺は黒く着色されたソルティドッグを注文した。グラスの縁の塩が赤いのは食紅だろうか、血をイメージしてあるらしい。

「面白いですね、これ」
「飲んでみるか?」

 海雪はひと口飲んで「おいしい」と笑う。
 ふとみれば、海雪の唇の端にほんの少しパンプキンクリームが残っている。
 ほとんど無意識だった。
 指で拭って、ぺろりと舐めてしまう。海雪が目を丸くして俺を見ていた。

「甘い」
「……っ」
< 59 / 110 >

この作品をシェア

pagetop