クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
 視線が絡まった。海雪の唇が微かに動く。声にならない声で、その唇が俺の名前を呼んだのがわかる。胸を突かれる思いがした。愛おしさで泣き叫んでしまいそうになる。

 降り積もる恋慕に押されるように、ゆっくりと彼女の中に進む。

 ああ、君に溺れる。

 理性的な思考があったのはそれが最後で、気がつけば情欲に操られ海雪を思うさまに貪っていた。海雪を何度も絶頂に追いやり、声が枯れるまで啼かせ、幾度も彼女の胎内に欲を放つ。

 カーテンの隙間から早朝の朝日が差し込む。
 くてんと力を抜いて眠る海雪を見下ろし、前髪をかき上げながら苦笑する。

 首筋だけでなく、胸に、腹に、脚にいくつもつけた鬱血。初めてだったのに無理をさせすぎただろうか。
 寂しい、とは言ってくれたけれど。俺がいない間、君は少しは俺を思い出してくれるだろうか?
 俺が君を想うなん分の一かだけでも、切なく感じてくれるだろうか。

「愛してる、海雪」

 頬にキスをしながらそう呟き、この仕事に就いて初めて、海に出たくないなと思った。


***


「天城一尉、ランニングか」

 背後から声をかけられ、走るスピードを落とした。潮のにおいが鼻腔から肺を満たしていく。

 長期間の航海に備え、この艦にはちょっとした筋トレ用にトレーニングルームなども用意してある。けれどそのほとんどは一部の筋トレを心から愛する隊員の取り合いにあっていることが多いので、俺は空き時間の運動にはたいてい甲板をランニングすることにしていた。一周200メートルほどだし見える景色は延々と大海原ということもあり正直つまらないと思う。けれど黙々と走る。健康のためだ。

 海自の隊員は陸自と比べて肥満率などが高い。これは陸自と違い体力トレーニングが各自の裁量に任されていることが原因だ。

 海自の隊員の健康を預かる俺としては由々しき問題だと考えており、とりあえず自ら率先してトレーニングを始めていた。本人がだらだらしていたら説得力もないだろうし、それに普段からランニングを欠かさないため動かないと気持ちが悪いのもある。

「お疲れさまです」

 俺は声の主、航海長を務める二佐に目礼を返す。自衛官は……というより、日本の公務員は着帽時以外、基本的に敬礼はしない。

 ランニングウェア姿の二佐は俺の横に並んで走りつつ「それにしても、今回は悪かったなあ」と日に焼けたかんばせに申し訳なさそうな色を浮かべた。
< 65 / 110 >

この作品をシェア

pagetop