クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
「新婚旅行から帰ったばかりだっていうのに、訓練にかりだして」
「いえ」
虫垂炎なら仕方ない。むしろ乗船中に発病せず済んでよかったのだろう。
そう思うものの、海雪に会いたくてたまらない。薬指の指輪にそっと触れた。
出航から一か月。まだ一度も海雪と連絡が取れていない。なにしろ、外洋のど真ん中だ。
いま乗船しているヘリ搭載型イージス護衛艦の装甲は、一定程度の放射線さえも遮断する。
つまりはそれよりよほど弱弱しいスマホの電波など、奥部にある居住区ではどうあがいても入りようがない。というかこんな大海原の上は圏外だし、そもそも航路が機密指定になっている訓練のため「敵」に補足されるような電波を発するわけにもいかない……つまりはスマホは基本的に使用禁止なのだった。
使用が許可された日本近海や諸外国の沿岸に近づくと、非番の隊員はいそいそと甲板にスマホを持って出て行く。電波がとどく位置で家族や恋人と連絡を取るためだ。
ただ、外洋でも日時を指定して艦内のWi-Fiが使用可能になることがある。
それが昨日だった。……海雪からの連絡はなかった。ただ高尾や同僚からいくつかメッセージが届いていたくらいだ。
「奥さんも寂しがっているだろ」
「出航前、寂しいとは言ってくれていましたが」
「けどなんだ、嫁ってすぐ旦那の不在に慣れるんだよなあ」
さらっとそんな悲しいことを言って二佐は走り去っていく。俺も走り出しながら、海雪は俺のことなんか思い返してもないのかもしれない、と暗澹たる気分になる。
海雪の唇の感触を思い出す。髪を梳く手触り、その香り、頬をよせれば温かい。
潮風が吹く。ハワイで嗅いだものより濃い海のにおい。
海雪のことばかり思い出す。
しばらく経った夜のことだった。夜間のヘリの離発着訓練中に、整備を担当している隊員が頭を打ったと聞いて甲板に急ぐ。甲板に続く格納庫は赤く染まっていた――血ではない。夜間用の照明だ。戦闘時、いきなり明かりが消えてもすぐに目が暗順応し作業を続行できるよう、夜間は赤い照明を使用しているのだ。
「わあすみません天城一尉、もう大丈夫なんです」
起き上がろうとする隊員を制して何点か確認する。とりあえずは問題なさそうだと判断し、いくつか注意点を伝えたあと――ふと空を見上げた。漆黒の雲一つない空を満たし彩る星の輝き。
「いえ」
虫垂炎なら仕方ない。むしろ乗船中に発病せず済んでよかったのだろう。
そう思うものの、海雪に会いたくてたまらない。薬指の指輪にそっと触れた。
出航から一か月。まだ一度も海雪と連絡が取れていない。なにしろ、外洋のど真ん中だ。
いま乗船しているヘリ搭載型イージス護衛艦の装甲は、一定程度の放射線さえも遮断する。
つまりはそれよりよほど弱弱しいスマホの電波など、奥部にある居住区ではどうあがいても入りようがない。というかこんな大海原の上は圏外だし、そもそも航路が機密指定になっている訓練のため「敵」に補足されるような電波を発するわけにもいかない……つまりはスマホは基本的に使用禁止なのだった。
使用が許可された日本近海や諸外国の沿岸に近づくと、非番の隊員はいそいそと甲板にスマホを持って出て行く。電波がとどく位置で家族や恋人と連絡を取るためだ。
ただ、外洋でも日時を指定して艦内のWi-Fiが使用可能になることがある。
それが昨日だった。……海雪からの連絡はなかった。ただ高尾や同僚からいくつかメッセージが届いていたくらいだ。
「奥さんも寂しがっているだろ」
「出航前、寂しいとは言ってくれていましたが」
「けどなんだ、嫁ってすぐ旦那の不在に慣れるんだよなあ」
さらっとそんな悲しいことを言って二佐は走り去っていく。俺も走り出しながら、海雪は俺のことなんか思い返してもないのかもしれない、と暗澹たる気分になる。
海雪の唇の感触を思い出す。髪を梳く手触り、その香り、頬をよせれば温かい。
潮風が吹く。ハワイで嗅いだものより濃い海のにおい。
海雪のことばかり思い出す。
しばらく経った夜のことだった。夜間のヘリの離発着訓練中に、整備を担当している隊員が頭を打ったと聞いて甲板に急ぐ。甲板に続く格納庫は赤く染まっていた――血ではない。夜間用の照明だ。戦闘時、いきなり明かりが消えてもすぐに目が暗順応し作業を続行できるよう、夜間は赤い照明を使用しているのだ。
「わあすみません天城一尉、もう大丈夫なんです」
起き上がろうとする隊員を制して何点か確認する。とりあえずは問題なさそうだと判断し、いくつか注意点を伝えたあと――ふと空を見上げた。漆黒の雲一つない空を満たし彩る星の輝き。