クールな海上自衛官は想い続けた政略妻へ激愛を放つ
 すみません、と言いかけて口を噤む。謝るなと言われた矢先にこれだ。ちらっと彼に目をやると、彼は白ワインを一気に飲み干したところだった。寄せられた眉に肩をすぼめる。不快にさせてしまったのだろう。目線をうろつかせたあと、思い切って口を開いた。

「わかりません」

 不思議そうに目線を上げた天城先生に、なんとか言葉を続ける。

「あの、名前をつけてくれたのは……誰だか、知らなくて」

 きっと母なのだろうと思う。けれど実母と過ごした日々は遥か昔すぎて、セピア色にくすんでよく思い出せない。ふたりきりで、決して裕福とは言えなかったけれど幸せだった……と思う。優しい人だった。そのぬくもりは、もうはるか遠く。

 実母が病気で亡くなり、突然現れた父によって高尾家に引き取られたのは、幼稚園に入園するより前のことだった。

「そうですか」

 そう言ってまた外を見る天城さんと、無言で食事を続ける私。
 お互いに急なことすぎて、感情が追いついていないのかもしれない。政略結婚することを子どものころから義母に言い聞かせられていた私と違って、天城先生にとっては寝耳に水だったのかもしれないし。

 それでもいつか、時間をかければ……ちゃんと家族になれるよね? 家族というものを知らない私ではあるけれど。

 ちらっと彼を見るも、結局食事の最後まで視線はまっすぐに私を捉えることはなかった。




「お見合いどうだったの」

 帰宅するなり、義母と三つ年下の義妹、愛奈さんがリビングのソファに座ったまま聞いてきた。ソファ前のローテーブルには数点のアクセサリーが並んでいた。さっきまでデパートの外商さんが来ていたのだろう。

「あ、はい……ええと、真面目そうな方です」

 そう答えると、愛奈さんが「やっぱりね!」と唇を歪めて笑う。

「自衛官でドクターなんて絶対に真面目一徹で垢抜けなくて面白味なさそう。よかったあ、この話が来たのがあたしじゃなくて海雪で」
「愛奈。あなたはお見合いなんかじゃなくて、好きになったひとと自由に恋愛していいのよ」

 お義母さんの言葉に愛奈さんは「だよね、家のための結婚なんて願い下げ」と買ったばかりとおぼしき指輪をいじりながら頷く。愛菜さんは、きらきらと照明の明かりを反射して眩いそれを指につけたり外したりして遊んでいる。

「お見合いなんていつの時代よ」
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