噛んで、DESIRE
数秒の沈黙が流れ、耐えかねた女性が力なくうなだれた。
「これは……大変失礼致しました。お坊ちゃんは、もう戻って来られないのですよね」
その言葉に、吾妻くんはいっさいの返答もしなかった。
そうして気遣うような笑みを浮かべたあと、その女性はわたしを見て、目を瞬かせた。
「あら……この方は?」
わたしに話題が飛んできたことに動揺し、何と言うべきか、正常な判断が下せなくなる。
だけどそんなわたしの代わりに、吾妻くんが答えてくれた。
「高校のクラスメイト。いま校外学習に来てるんです」
「あら、そうだったのですね……。お坊ちゃん、学校は、……楽しいですか?」
この女性は、吾妻くんの事情をよく知っているのだろう。
困ったように眉を下げる姿から、きっと彼を小さい頃から見守ってきたのだろうと思った。