噛んで、DESIRE


「……っ、梓、くん」


肩に力が入りながらも小さく名前で呼べば、わたしの肌を撫でていた彼の手がぴたりと止まる。


「……おー」


そしてそんな気の抜けた返事をするものだから、びっくりして抗議する。


「お、おーって、なんですか……!」

「え、いやなんか、わかんね。動揺した」

「……ど、動揺?」



吾妻くんは、そう言ったっきり黙ってしまう。

不思議に思って後ろを振り返れば、少しだけ顔が赤くなっている彼が視界に入ってくる。


「え、吾妻くんが赤い……」

「は? んなわけないから」


即座に大きな手で目隠しされ、わたしの頭も混乱してしまう。

だって、吾妻くんのあんな顔、初めて見た。


余裕が剥がれ落ちた、そんな表情。

よけいにドキドキバクバクがうるさくなって、もはや自分の心臓の音だと思えなくなってくる。



< 214 / 320 >

この作品をシェア

pagetop