噛んで、DESIRE
「だいじょーぶ、別に何もしないからさ」
含みのある言い方に、どきりとする。
吾妻くんは絶対的にキケンな人だけど、確かにただのクラスメイトに手を出すような人ではないはずだ。
そう思う。……いや、そう思いたい。
「人助けだと思って?」
にこりと微笑んだ吾妻くんは、やっぱり困っているようには見えない。
呑気に煙草吸ってるし、もういろいろとおかしい。
どうしたって、キケンすぎる。
「……一晩、だけですよ」
ダメだとわかってるのに、そんな言葉が口からこぼれ出ていた。
本当に小さな声で言えば、吾妻くんはわたしが受け入れることをわかっていたのか、驚きもせずにうなずいた。
「ん、ありがと。杏莉ちゃん」
完璧に作られた微笑で、わたしはまんまと罠に嵌められる。
いったん煙草捨ててくるね、とのんびりと1階に降りていってしまうところも、何もかもが意味わからない。
だけどなぜか、そんな彼に魅了されている。
やっぱり今日はシチューにしよう。
熱々のシチューを、振る舞ってあげよう。
もうなんでもいい。
ここまで来たら、一晩くらいなんでもない気がしてくる。
もちろん何も起こるはずがない。
彼の紫煙の残り香が鼻を掠めて、小さくため息を吐いた。
────そうして、わたしと彼の同居生活(仮)は始まった。