噛んで、DESIRE
「ちょっと、試しただけだよ」
キュッと口角を上げて、すぐにわたしから視線を逸らした吾妻くん。
……やっと解放、された。
ドクドクうるさい心臓を抑え、ふうっと息を吐く。
そんなわたしに構わず、彼は玄関先からちらりと家の中を見て言った。
「杏莉ちゃん、ひとり暮らし?」
何気ないトーンで聞かれ、わたしも同じように何気ない声音で返す。
「ひとり、です」
「そっか。まあご家族とかいる雰囲気じゃなかったから、俺こんなズカズカ上がろうとしてるんだけど」
「……嘘ばっかり」
吾妻くんのことだ。
わたしに同居人がいようといまいと、平気で家に上がってくるだろう。
「嘘じゃねーよ。もし彼氏とかいたら、やべーじゃん」
「……いたら、家に上げません」
「はは、間違いない。いなくて良かった」
「……ば、馬鹿にしてるでしょ」
「してないしてない。杏莉ちゃんは恩人なんだから」