噛んで、DESIRE
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マンションの階段を駆け上がる。
わたしの家の扉の前には、スーツを着た黒髪の吾妻くんが座っている。
紫煙は立っていない。
あの日の夜とは、服装も髪型も状況も違うのに……不思議と重なってしまうのはどうしてだろう。
感慨深くなり、じっと黙って吾妻くんを見つめていると、視線に気づいた彼が可笑しそうに目を細めた。
「何ぼーっとしてんの、杏莉ちゃん?」
立ち上がった吾妻くんは、月の光に照らされて美しく輝いている。
見惚れてしまうのは仕方がないと思うけれど、彼は許してくれない。
「黒髪が……、見慣れなくて」
吾妻くんときちんと言葉を交わしたのは2ヶ月ぶりだった。
緊張して、懐かしくて、声が震えてしまう。
そんなわたしを困ったように見つめて、吾妻くんは靴の音を鳴らして近づいてくる。