噛んで、DESIRE


……わたしの、ために?

それだけのために、自由になりたいと家を出たはずなのに、決められたレールを歩くのは嫌だと言っていたのに、……帰ったの?


信じられなくて、言葉が出ない。

ただ吾妻くんを見つめるだけのわたしに、彼は苦笑して言った。


「そもそもさ、俺は継ぎたくなかったわけじゃないんだわ。自分の意思で、自分の人生を決めたかった。だから、はじめて父親に頭を下げたよ。『跡を継がせてください』ってな」

「……、吾妻くん」


「だから、杏莉ちゃんのためというか、俺のためかな。父親は泣きそうな顔をして喜んでくれてたし、なぜか謝られたよ。『ずっとおまえの気持ちを無視して、押し付けて申し訳なかった』って」


吾妻くんは、すごくすごく優しい人だ。

そして、強くて真っ直ぐで、美しい。


そんな彼が弱くなるときに支えてあげられる存在に、わたしはなりたいと思う。


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