噛んで、DESIRE


シン、と部屋が静まり返る。

押し返したせいで遠ざかってしまった吾妻くんが、ぽかんとしてこちらを見ている。


それがすごく腑抜けた表情に見えて、思わず吹き出してしまいそうになる。

わたしは怒ってるのに。

でも、わたしは何にこんなに、憤っているのだろうか。


ツンとそっぽを向いて素知らぬふりをしていると、視界の端で吾妻くんは突如起き上がった。


……さすがの吾妻くんも面倒になったかな。




そう思って自分を自分で嫌になっていると。

突如目の前が真っ暗になり、何事かと思った瞬間。



「慣れてないなら、教えよーか。杏莉ちゃん」



わたしの上に、……なぜか吾妻くんが覆いかぶさって美麗な微笑みを浮かべていた。

側から見れば、彼に押し倒されているこの状況。


さっきまで落ち込んでいた気分がめちゃくちゃになり、深く深く溺れていく。


< 57 / 320 >

この作品をシェア

pagetop