リアルに恋していいですか 〜10年ぶりに再会した超国民的スターに執着されています〜

 〇撮影スタジオの外の道(夜)

 菜穂子は、帰り支度を整え、荷物を持って早足で歩いていた。つかつかと靴音が響く。

 菜穂子モノローグ【千晶と同じ空間にいるのが気まずすぎて逃げてきた】
 菜穂子モノローグ【早く帰って寝て、今日のことは忘れよう――と思ったのだけれど】

 千晶「待って、菜穂子」

 千晶に腕を掴まれ、立ち止まる。振り返ると、バケットハットを深く被った彼が、マスクを下に下げる。マスクの下にはきらきらと輝く素顔が。

 菜穂子が露骨に嫌そうな顔をすると、千晶は苦笑した。

 千晶「そんな迷惑そうな顔すんなって。夜遅いでしょ。送ってく」
 菜穂子「別にいいわよ。それに、誰かが見てるかも」

 きょろきょろと辺りを見渡し、千晶を監視している週刊誌の記者などがいないか確認する。
 すると彼はいつの間にかタクシーを呼び止め、菜穂子のことを座席に押し込む。

 千晶「そんなことしてる方が不審だから。早く乗って」
 菜穂子「わっ、ちょっと……!」

 タクシーの座席でふたり並んで座る。菜穂子はタクシーの運転手に自宅の住所を伝えた。

 菜穂子(強引なんだから)

 千晶「……モデルになってたなんて知らなかった。お前、芸能界とか全然興味ない感じだったのに」
 菜穂子「今日は代役だっただけ。本業はこっち」

 鞄から名刺を取り出し、彼に渡す。

 千晶「へぇ、編集者なんだ。かっこいいね。だとしたら家、結構遠いのな」
 菜穂子「そうなの。毎朝電車で通勤30分」
 千晶「まじか、大変だな」
 菜穂子「大変よ。それより千晶こそ、活躍すごいわね。月曜日の連ドラ見てるわ」
 千晶「まじ? あれ、面白いでしょ」
 菜穂子「うん。面白いっていうか泣ける。あとあの女優さん可愛い」
 千晶「俺は?」

 こちらを覗き込んで尋ねる彼。

 菜穂子(……『かっこいいよ』待ちの顔)

 菜穂子「演技が……上手くなったなって」
 千晶「はは、昔は大根演技だったからね。高校の文化祭の劇のときセリフ覚えられなくて、お前に練習付き合ってもらったんだよな」
 菜穂子「なんの役やったんだっけ」
 千晶「シンデレラの王子……」
 菜穂子「ああっ、そうだ。懐かしい。ガラスの靴の小道具の代わりに、スリッパを使ったのよね」
 千晶「なぜにスリッパ」
 菜穂子「ほら、あれは――」


 〇回想・菜穂子の家のリビング(高校一年生)

 高校生のとき、千晶の演技の練習に付き合ったことがある。満場一致で学園祭でシンデレラの王子様の役を演じることになった千晶。

 菜穂子「私が家臣の役を演じるから、千晶はここのセリフ言ってみて」
 千晶「ええと……この靴の持ち主を探して来い。彼女を見つけるなら……」
 菜穂子「見つけるまで決して戻って来るな、ね」
 千晶「あーそうだ」

 そのとき、菜穂子の父親が家に帰って来る。

 菜穂子の父親「おお、千晶くんか。ふたりで何してるんだい?」
 千晶「おじさん、こんにちは。学祭で演劇をやるのでその練習です」
 菜穂子の父親「千晶くんは王子役だろう?」
 千晶「……正解です」
 菜穂子の父親「はは、さすがは千晶くん。華があるからね。ちなみに菜穂子は?」

 菜穂子は半眼を浮かべて答える。

 菜穂子「みつばちCよ」
 菜穂子の父親「みつばちC」

 千晶が隣で口を抑え、小刻みに震えて笑いを耐えている。

 菜穂子の父親「みつばちの出番なんてあったか? せめて意地悪なお姉さん役とかもっと他に……」
 千晶「シンデレラにみつばちって……ぷっ、くく……」
 菜穂子「笑いすぎよ千晶。一応正しくは、みつばちが描かれた茂みを持ってる係だから」
 千晶「ふっ、はは……っ。おかしい」
 菜穂子「…………」

 菜穂子の父親は咳払いする。

 菜穂子の父親「ま、まぁ何はともあれ、頑張んなさい。はいこれ、ガラスの靴代わりに」

 そう言って彼は穿いていたスリッパを片方脱いで菜穂子に握らせた。
 満足気にリビングを出て行く父親。

 菜穂子「…………」
 千晶「…………」

 〇回想終わり
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